松代への旅(19)
犀川を渡った丹波島の酒造家〔生坂(いくさか)屋〕岩蔵(いわぞう 50歳)方に訊きこみにはいった。
ここは、主人が応接するほどに小さな構えの酒蔵で、あたりは林と畑で、民家はかなり離れていた。
襲われたのは先ほど訪れた中御所の〔千曲屋}の事件から7日目で、縁側の雨戸を外して進入されていた。
(引きこみも入れていない押しこみというのは、急ぎばたき同然でもあるな)
しかし、殺傷はしていなかった。
「雨戸を外ずされた物音も耳にはいたしませんでした。ゆすり起こされたら5,6人の黒装束の男たちに囲まれ、雇い人たちはすでに一部屋に集められておりました」
うなずいただけの平蔵(へいぞう 40歳)が、おもいつきでもしたような口調で、
「〔生坂(いくさか)屋〕どのは、なん代目かの?」
虚をつかれたらしい岩蔵が、
「2代目でございます」
応えたが、平蔵はじっと岩蔵を瞶(みつめ) て口をむすんでいる。
「先代が筑摩郡(ちくまこおり)の下生坂村からご当地へやってきまして、酢づくり所を買い取り---」
それでも平蔵は黙していたので、見かねた松造(よしぞう 35歳)が、
「先々代の下生坂村での仕事や、その前の代の出生を話しなされ」
「手ぬかっておりました。先々代は下生坂村で質屋をやっておりました。それ以前は近江の商人でこのあたりを往還しておったと聴いております」
「やっておったのは質だけではあるまい?」
「おそれいりました。金の用立てを少々---」
「困っておったものをいっそう困らせた---その金をここでも貸して、さらにまた困らせた---」
「お言葉ではございますが、質も金貸しも人助けと存念しております」
「さようよな。それも金利によるが---」
むっときた胸のうちを抑えた岩蔵は同心・駒井恭之進(きょうのしん 34歳)に向かい、
「お役人さま。押しこみのお聴きとりではなく、家業のお改めでございますか?」
困った駒井同心が平蔵を見た。
「ならば訊こう、〔生坂屋〕岩蔵。賊の首領がそのほうにいいつけたことを、奉行所に隠しておろうッ」
平蔵の射るようなきびしい声色をはねかえし、
「そのようなことは---断じて--」
「水牢に入れられ、10日でも15日でも、いわれていないといい張ることだな。腰から下がぶよぶよにふくれて溶けはじめるわ」
いい切った平蔵はさっと立つと戸口の方へ歩みはじめた。
「お待ちくださいませ、お役人さま---」
岩蔵がたまらず呼びとめた。
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