部下の目
「たしかに長谷川平蔵は、胸がすくほどみごとな長官(おかしら)だが、欠点がひとつあります」
江東区森下文化センターの自主グループ[鬼平]熱愛倶楽部のメンバーが、中間管理職としての平蔵について語りあったときに、冒頭の前置きからはじめたのは、50年も会社経営にかかわってきているM氏。
「平蔵の唯一のマイナスはタバコ好き。いまならオフィス内は禁煙にしている事業所が多いから、清水門外の役宅もそうなっていて、平蔵としてもしょっちゅう役宅の門外へ出て喫煙せざるをえないでしょう」
鬼平のタバコ好きは池波さんのそれの反映だ。史実の平蔵が愛煙家だったかどうか不明。
ただ、町役人(ちょうやくにん)が犯人を連行してきたときには、控え室に茶とタバコ盆を備えて労をねぎらったというから、役宅内での喫煙は自由だったようだ。
小説では、亡父が京都町奉行時代に、新竹屋町寺町西入ルに工房のあった煙管師・後藤兵左衛門に、15両(池波流の換算率だと約300万円)で替え家紋の「釘貫(くぎぬき)」を胴に彫らせたのをつくらせ、のちに平蔵が愛用している。
京都の店を集めた『商人買物独案内』(天保4年 1833刊)
長谷川家の替紋「釘貫(くぎぬき)」
が、経済家の亡父がタバコのように不経済な嗜好品をたしなんだかどうか。
それはともかく欧米では、禁煙できないほど意思が弱い者は責任のある地位につけられないとまでいわれて、この30年ばかり、禁煙が中間管理職の条件のひとつになっている。日本もそうなリつつある。
「上司は部下の資質を理解するまでに3年かかるが、部下は3日で上司の実力を見ぬく、といわれるが…」ともM氏はいった。
実力には人脈や交渉力もふくまれようから3日はいいすぎとしても、人柄は意外に早く見破られるのではなかろうか。
「禁煙するぞ」と宣言しておいて決意が1週間ともたなかったときなども、そう。中間管理職の禁煙は、ひそかにはじめて、3か月もつづいてから告白にふみきるほうが身のためだ。
タバコの功徳についてうんぬんするのは自己弁護がましい。弱気の微笑とともに「害があるのはわかっているんだが…」といったほうが女性には好感をもたれる。
ところで、その席での若い女性のメンバーの発言……職場で部下にやさしいふりをしている上司にかぎってこちらの気持ちがわかっていない、仕事の面ではきびしくていいのだ、出張からの帰りに「はい、おみやげ」といって渡してくれてもその領収書が旅費精算のときにくっついていると「なんだ」と思ってしまう、自腹でのおみやげでなければ尊敬しないのだ、と。
朝日カルチャーセンターの[鬼平]クラスのK氏は某大商社を定年退職した人だが、「女性従業員は好意のもてる上司のためでなければ本気ではたらかない」と力説していた。
つぶやき:
池波さんは、長谷川平蔵にも藤枝梅安にも、京都の煙管師・後藤兵左衛門製の煙管を愛用させている(秋山小兵衛は、平左衛門の下で修行した江戸の煙管師につくらせる)。
池波さんが後藤兵左衛門に固執したのは、『商人買物独案内』に広告を掲載しているただ一人の京の煙管師だからである。あとの広告はすべて煙管問屋のものである。
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