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2007.09.17

『よしの冊子(ぞうし)』(16)

 _60『よしの冊子』は、一橋治済(はるさだ)や水戸侯などの暗躍で田沼政権が倒れたあと、門閥派プリンスの松平定信が老中の座についたその日から、学友で側近の水野為長が四方八方へ隠密を放って情報を集めたその記録。
文が「なんとかのよし」でしめられているので「よしの冊子(ぞうし)」と一般に呼ばれている。
もっとも、最初のうち、隠密たちは反田沼派のところへ行って、定信が喜びそうな噂話を集めたフシがある。
記録は門外不出とされていたのに、ひょんなことから洩れたが、幕府や各藩の上層部についての記述は桑名藩(定信の藩は白河からもともとの桑名藩へ復帰)の家老の手で、意識的に抹消された気配がある。
当初は定信と縁つづきの松平左金吾をもちあげる一方で、長谷川平蔵をくそみそに書いていたのが、のちに評価が逆になっていくのがおかしい(再録)。

『よしの冊子』(寛政2年(1790)7月24日より) 

一. 筒持(持筒頭 もちづつがしら)の堀帯刀(秀隆 ひでたか 1500石 前職は火盗改メで、長谷川平蔵の前任者)は、組から差し出した願い書なども上へ取り次がず、とにかく世話をやくのが嫌いらしい。
組にも家柄のいい与力などもいることはいるが、3、4年前から与力たちが頭へ願いを出しても帯刀が上へ進達しないので、与力たちは恨らんでいるらしい。

一. 森山源五郎(孝盛 たかもり)が大番筋から徒頭を仰せつかったのは、まことに厚恩、ことに莫大な足高(たしだか 役料と禄高との差額)も入るくせに、自分では先手頭を望んでいたらしく、徒頭では不足とのこと。
「人は足ることを知らざるを苦しむ」と昔からいわれているのは、なるほどもっとものことと笑われているよし。
  【ちゅうすけ注:】
  森山源五郎孝盛は長谷川平蔵のライヴァル視というか、老中首
  座・松平定信平蔵の悪口を吹き込んだ気配が濃厚である。
  というのも、森山は冷泉家の門人で、短歌が詠めたために、学問
  好きの松平定信が引き立てたのだ。
  『鬼平犯科帳』では、平蔵の後ろ盾は丹後・峰山の藩主・京極
  備前守高久
(たかひさ 1万1000余石)となっているが、森山
  源五郎
の書きのこしたエッセーでは、平蔵の死後、火盗改メの
  地位を手に入れた森山平蔵備前守が評し、「森山は王道、
  平蔵
のやり方は覇道」といわれたと自賛している。
  記録を調べてみると、火盗改メとしての森山の実績は、はるかに
  平蔵
に劣っているのだが。
  ちなみに寛政2年、平蔵45歳、森山53歳、京極備前守62歳。

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一. 勘定奉行と吟味役が集まった席で、長谷川平蔵から提出されている(人足寄場の臨時出費の)議案が審議され、一同不承知との所存であったが(勘定奉行の)柳生主膳正久通。600石)が「越中殿が、平蔵も出精している、とおっしゃっているから、幾分かは認めてやろうか」といったので、列座の者もなるほどと合点したが、(佐久間)甚八茂之 しげゆき 廩米100俵。寛政2年3月から勘定吟味役にのぼる)一人だけが承知しない。
「自分はご老中から、よく吟味するようにと仰せられて今の役職に取り立てられているので、自分が納得できないことを無理に承知とはいえない。もしみなさんが自分に賛成してくだされないならば、自分一存でも上申書を上程する」といったそうな。
そういう甚八のいい分はもっともだが、しかし甚八もご老中:定信の信頼がいたって厚いから、恐れることなく自説をいえたのだ。そうでなくては、あれだけの理屈を列座の中で主張することはできまい、と噂されているよし。
  【ちゅうすけ注:】
  勘定吟味役は、勘定奉行を補佐し、所内の諸役人や代官を監督
  統制する。4~6名。布衣。500石高。役料300俵。勘定から登
  用される。老中支配。  
  長谷川平蔵も、悪い吟味役の在任中に人足寄場に関係してしま
  ったものだ。
  追加予算がつけられなければ、無宿人を収容している人足寄場
  の経営は失敗しかねない。
  失敗すれば、創設の経緯からいって、世間は、定信内閣の失政
  というところへまでは、甚八の考えがまわらない。頭が硬く、なに
  がなんでも予算緊縮の一点張り!

一. 柳生(主膳正久通)が長く勘定奉行の座にいることを、(佐久間)甚八(茂之)はかねてから不承知に思っていたよし。
ほかの者たちは、柳生はご老中・定信に受けがよいからと遠慮しているが、甚八は、「自分もご老中から御贔屓をいただいているゆえ、柳生に遠慮ばかりしてはいられない」といっているよし。甚八は人をそしるような男ではないが、といって君子というわけでもない。このごろは人からあれこれ悪くいわれている様子だ。もっとも役人衆は、定信の周辺では甚八の悪口はいわず、逆に褒めているとのこと。
  【ちゅうすけ注:】
  柳生主膳正は町奉行を経て、天明8年(1788)9月から勘定奉
  行を勤めている。46歳。600石。3000石高。柳生家から柳生
  姓を許された家柄。
  佐久間甚八、この時63歳。普請役、禁裏御入用取調役などを経
  て、安永8(1779)年に勘定(46歳)、寛政2年3月から勘定吟味
  役。

  【ちゅうすけメモ:】
  _120 『江戸幕府勘定所史料--会計便覧』
     (吉川弘文館 1988.2.25)より
  勘定所職制
   勘定奉行 勝手方・公事方 4~5名
    吟味役  5~6名
      吟味方改役  10名前後
         同出役   2名前後
         同改役並 10名前後
         同並出役  4名前後
         同改役並格並出役 1名
       吟味方下役  15名前後(見習いを含む)
       御殿詰組頭   2名前後
       御殿詰改方   5名前後
       島々産物掛   2名前後
       御林炭掛     1名前後
       御日記方     3名前後
       書上方      9名前後
       手形方      3名前後
       分限帳掛     2名前後
       御金掛      2名前後
       講武場掛     4名前後
       御備場掛     12名前後
       御台場掛     2名前後
      御勝手組頭     3名前後
       御勝手方改方  4名前後
       積り方掛     7名前後
       渡り方       4名前後
       臨時方      6名前後
       御断方      6名前後
       月帳掛      4名前後
       長崎掛      2名前後
       皆済掛      2名前後
       御普請掛     6名前後
       御貸付掛     4名前後
        同御普請役 15名前後
        浅草御蔵掛  2名前後
        御繰合掛    2名前後
        書物類取調  4名前後
        金座掛     4名前後
        銀座掛     3名前後
        新潟表江戸取扱2名前後
        御材木蔵立会  1名
        猿屋町会所掛 2名前後 
        御武器掛    2名前後
        古銅吹所掛   2名前後
      伺方・帳面方組頭 3名前後
        同改方      6名前後
        手形番      4名前後
        中之間     10名前後
        帳面繰方     5名前後
        御鷹野方     2名前後
        運上方      5名前後
        諸入用証文調  4名前後
        国役掛      5名前後
        小普請金集掛  3名前後
        酒造掛      4名前後
         同出役     1名
        植物掛      3名前後
         同出役     3名前後
        吟味物掛     3名前後
         同出役     5名前後
        道中方     16名前後
        帳面改方     5名前後
        帳面方      7名前後
        御取締掛     1名
        村監勤方帳掛  2名前後
        同郷帳掛     2名前後
        同奥書帳掛   2名前後
        五街道宿々御取締掛 4名前後
      御取箇組頭     3名前後
        差出方      8名前後
        新田方      7名前後
        廻米方     15名前後
        御普請方     7名前後
        町会所掛     5名前後
        米価掛      2名前後
        千両橋掛     2名前後
         同出役     2名前後
        知行割     11名前後
        関東分間絵図掛 
         御取箇方出  5名前後
      評定所組頭     1名
        同出役      5名
           (以下略)    

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