多可が来た(7)
翌朝。
多可(たか 14歳 養女)が襷(たすき)がけの稽古衣、袴、それに紫色の鉢巻まで結んで現れた。
(まるで、舞台での親の敵討ちだ)
「よいか。まず、弓手(ゆんで 左手)に木刀を持つ。そう、刃が上向き、そして、互いに、礼。木刀を抜いて構える」
多可の構えがどこか、おかしい。
「多可。柄(つか)を握るには、馬手(めて 右手)が前だ」
多可が、ぎこちなく握りを入れ替える。
「お前、弓手遣いか?」
秘密を見つけられたみたいに、多可は赤くなってうなずいた。
「そうか。ま、女だから、実際に剣をとって戦うこともあるまい。利き手で鍔元(つばもと)を握るがよい。ただの素振りだから、やりやすい形でやればいい」
それから、木刀をふりあげて右足(多可は左足)を一歩踏み出すとともに、振り下ろし、肩の高さで木刀をとめる。
「両腕がまっすぐに、しかも、やわらかくのびている。そう、それでいい」
それから、一歩さがりながら、また振り下ろす。
多可の稽古衣の前が、すこし、はだけた。
銕三郎(てつさぶろう 14歳 のちの長谷川平蔵宣以)の目に、まだふくらんでいない乳房が見えている。幼い少年のような乳頭だった。
そのことに、多可は気づかない。
「ちょっと待て。お前、母上にいって、襟の身ごろあわせの結び紐を女前に逆につけかえてもらえ。男前あわせのままになっている。そのとき、結ぶ紐の位置をすこし高いところと、低いところにももう1組、ふやしてもらえ。いや、今日のところはこのまま、つづけよう」
言われて初めて、多可は事態に気がつき、また、赤くなった。
「おれの目を見たまま、振り下ろすのだ。さあ---1で振り上げ、2で打ちこむ。1、出る---2ッ、1、下がる--2ッ」
多可がふりあげたとき、稽古衣の幅広の袖口の奥、腕のつけ根が黒くなっているのが銕三郎の目に入った。
口では、「1、出る---2ッ、1、下がる--2ッ」をくり返し、自分も素振りをしながら、銕三郎は、多可の腕の奥の芝生に考えを飛ばしている。
(あの脇毛の具合では、秘部の茂みも生えていよう。一線をはさんで左右になびいているか)
20回目ぐらいで、多可の腕が肩よりも下がってきた。
「よし。一息いれる。最初はこたえるものだ。見ておれ」
銕三郎は先輩らしく、ことまもなげに、「1、2、1、2、1、2---」と50回ほどつづけて見せた。
多可の瞳に尊敬の色が浮かんだところで、
「じゃ、いま一度、1、出る---2ッを30回やって、きょうは終りにする」
「何日で、兄上のように、こともなく振れましょうか?」
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