与詩(よし)を迎えに(21)
府中から2里30丁(11km)たらずで江尻。問屋場で馬を継ぐ。
荷物の載せかえをいいつけておいて、早めの昼を本陣〔寺尾屋〕で摂る。
終えた藤六(とうろく 45歳)は、荷のぐあいを確かめに問屋場へ引き返した。
与詩(よし)は、なにやら、本陣の向いの茶店のほうを真剣な目つきで見ている。
([玩具(てあそび)行商人]『都鄙図巻』より)
与詩とおなじ齢ごろの子と母親が、玩具(てあそび)行商人をひやかしている。
「与詩もほしいのか?」
訊いた銕三郎(てつさぶろう)に、与詩は頭(かぶり)をふった。
(そうか、姉妹のことを考えているのだな。それにしては、目つきが真剣すぎるが---)
「与詩は、お城の屋敷では、誰と遊んでいたのだ?」
「ちづ(智津)」
「妹か? 幾つだ?」
「5歳」
「母者は、志乃(しの)どのかな」
与詩は、また、頭をふって、
「ちがうけど、しらない」
(町奉行・朝倉仁左衛門景増(かげます 60歳 300石)どのの、『左門(さもん)、また出来たぞ』の口の一人か)
「与詩。厠(かわや)はいいのか?」
「ゆく」
「ひとりで、てきるのか?」
「できる」
「昼間だからな」
言ってしまってから、銕三郎は(しまった!)とおもった。
与詩に、お寝しょうのことを気にさせてはいけなかった。
(しかし、江戸へ着くまでに、与詩に言葉づかいを教えておかないと、父上・母上が困惑なさるであろう、まあ、ぼちぼちだな)
馬の背の前に、また、与詩を乗せた。
できるだけ、安心させてやりたかった。
「与詩は、智津と仲よくしていたのか?」
与詩は、また、首をふった。
「ちづは、いぢわる」
「どんなふうに、悪いのかな?」
「うそ、つく」
「ほう、どんなうそをつくのかな?」
「よしのこと、おねしょっ子って---」
「ほう。そうではなかったのか?」
「ときどきしか、してない」
「それは、智津がいけないな。ときどきのお寝しょうっ子っていわないとな」
「あにうえ、きらい!」
「どうして、嫌う?」
「おねしょっ子っていった」
「ときどき---をつけたぞ」
「それでも、きらい!」
「お寝しょうをしないように、直してやろうと思っているのだぞ」
「よしをいじめる、こわいものがでてこないように?」
「そうだ。与詩をいじめるものは、ぜんぶ、退治してやる」
「あにうえは、つよいの?」
「強いとも」
「それなら、すき」
「今夜から、安心して眠れ。もし、こわいものが出てきたら、兄上って呼べば、たちまち駆けつけてやる」
「こんやは、でない」
「ほう、どうしてだ?」
「たけがいないから---」
「竹って、与詩のお守(も)りだった、あの竹か---?」
「おねしょすると、たけがおしりをぶつの」
「そうか。いけない竹だな」
「いけない、たけ」
「竹は、もう、与詩をぶてない。竹は、お城の牢屋へ入れてやった」
「ろうや、でられない?」
「出ることはできない。おれが許しを出さないからな」
「よかった」
(これで、与詩の心の中の敵の一人は、封じこめたかな。あとに何人、いることやら)
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コメント
お正月からずっと、ちゅうすけさんの想像の世界というか、創造の世界で遊ばせていただいています。
面白い。続きを早く、早くという気分です。
まもなく東慶寺に入る娘の親とはいえ、「めうが屋」の次右衛門さんは、さばけていますねぇ。
投稿: おっぺ | 2008.01.12 00:56
>おっぺさん
お蔭さまで、アクセス数が350/日を越えてきました。400/日になれば、年に15万アクセスも夢でなくなります。
それにしても、銕三郎という青年の心の動きを予想するのは、かなりの苦労です。
それと、ふさわしい絵さがしが。
ま、お楽しみいただければ、うれしいです。
投稿: ちゅうすけ | 2008.01.12 10:47