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2008.01.11

与詩(よし)を迎えに(22)

与詩(よし)。目の下の清水の海の向こう---覚えておくがいい、向こうが南。その反対が北。言ってごらん」
銕三郎(てつさぶろう)が、清見寺(せいけんじ)の門前から、対岸の三保の松原を見せながら、かんでふくめるように与詩に説明している。
清見寺は、俗に「きよみでら」とも呼ばれている。
晴れた日には、ここからの眺めが、三保の松原がもっとも美しく望見できる。

_360
(三保松原・三穂神社 『東海道名所図会』 塗り絵師=ちゅうすけ)

与詩は、これまで、美的体験が乏しいようにおもえる。
それで、立ち寄った。 

「南と北だ。さ、言ってごらん」
「みなみ、きた」
「春、梅や桜の花を咲かせる暖かい風が吹くのが南だ。冬に寒い風を吹かせるのが北。海の向こうに見える三保の松原は、ここからは南だ」
「でも、あいにうえ。あたたかいかぜは、ないよ」
「寒いのか?」
「すこし」
「よし道中合羽を借りて、暖かくしてやろう。藤六(とうろく)、馬力どのに合羽を貸してもらってくれ。与詩、いいか、朝、お天道(てんとう)さまが顔をおだしになるほうを東という。言ってみなさい」
「ひがし」
「そう。よくできました。もう一度、言ってみなさい」
「ひがし」
「そうではない。よくできました---と言ってみなさい」
「よくできまちゅた」
「よくできました、というのは、与詩が賢い子だということです」
「よくできましちゅたは、よしが、かしゅこいでちゅ」
「そう。お天道さまがお隠れるほうは、西です」
「おてんとさまが、かくれるの、にしでちゅ」
「まあ。いいでしょう」
「まあ、いいでちょう」
「海の南に見えているのが、三保の松原といって、与詩を産んでくださった母者の里です」
「よしには、おたあさまはいない」
「そうであったな」

与詩は、風景の美しさの経験がほとんどないように、銕三郎は感じている。
駿府城からほとんど出たことがないらしい。
さらに、お守(も)りをしていたは、花鳥風月を教えなかったとみえる。
いまは、三保の松原の広大で清涼な風景を前にして、とまどっているとしか、銕三郎にはおもえなかった。
(こちらも、ぼつぼつだな。しかし、阿記に会ったらどんな印象をもつだろう? なんといっても女の子だから、若くて美しい女性とは、阿記のような人のことだと感じるだろうか?)

藤六。泊まりの蒲原(かんばら)まで、さつた峠越えをふくめて、4里(16km)近くある。先を急ごう」


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005長谷川宣雄の養女と園 」カテゴリの記事

コメント

ご自身の回想でも、子育てでの観察でも結構ですが、女の子が風景の美を意識しはじめる年齢は、幾つぐらいでしよう?

男の子の顔のいい・悪いは、幼稚園ですでに意識しているのは当然として。

投稿: ちゅうすけ | 2008.01.11 07:25

あまり古いことで定かではありませんが。

私の娘の場合一番初めに外の景色に反応を示したのは電車の車窓から外の景色を眺めている時
「突然、三井 住友 三菱 安田 ・・・・」と銀行の名前を言いました。見るとそのとおり銀行の広告塔がありました。

当時のTVで毎日何回となく放映されていたコマーシャルを車窓にみつけたのでした。

おんぶをしていたので1歳~1歳半ぐらいだったと思います。

そのほかに記憶しているのはお月様です。
夜の空を見上げて『きれい きれい」と。
それは私が三日月や満月を見ては「きれいね」とお月様の話をしていたので夜空を見るようになったのだと思います。

やっと言葉が話せるようになった頃ですから、2歳ころでしょう。

いずれにしても自発的に意識するのではなく、
子供が風景の美を意識するのは常日頃接している母親などの行動や意識によると思います。

投稿: みやこのお豊 | 2008.01.11 17:03

>女の子が風景の美を意識しはじめる年齢

私の場合なので平均というわけではないと思いますが……。
景色に感動した最初の記憶は5歳のときです。白鳥がいる湖を見たときでした。
この前後で、音楽をきいたときや、絵を見て感動した記憶がありますので、4~6歳の頃かと思います。

感受性や、視力、まわりの大人との関係などで、かなり違ってくるとは思いますが……。

投稿: レン | 2008.01.11 18:43

>みやこのお豊さん
銀行の行名を読んだなんて、すごい早熟。それだけ早くから銀行になじんでいると、お金の苦労しらずの娘さんにお育ちになったことでしようね。

投稿: ちゅうすけ | 2008.01.12 10:38

>レン さん
「白鳥の湖」---いや「白鳥と湖」ですね。
それにしても、音楽の天分豊かというか、画才にも恵まれて。

投稿: ちゅうすけ | 2008.01.12 10:42

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