与詩(よし)を迎えに(32)
「箱根御関所の足軽小頭(こがしら)・打田内記(ないき)どのにも、お世話になったが、謝礼はどうしたものでしょう?」
銕三郎(てつさぶろう)が、雲助の頭(かしら)格・〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち 31歳)に訊く。昨日、由井の問屋場から彼あての書簡を、打田小頭気付で早便に託した。
心得た打田が、きちんと権七へ渡してくれたから、こうして権七が三島に泊まりにきている。
「長谷川さま。それは要りませぬ。打田の旦那とあっしとは、兄弟分の間柄なのです。お礼だなぞ、水くさいことはなし、なし」
「それでは、このことは、権七どのの言葉にしたがっておきましよう」
「長谷川さま。その、権七どのの、〔どの〕も、ただいまかぎりで、なし、ということにいたしてくださいませぬか。〔どの〕をつけられると、背中がむずがゆくなります」
「〔どの〕がいけないとなると、権七うじかな」
「権七---で、よろしいのですよ」
「それは、いけませぬ。人と人との付きついですから」
「参ったな。じゃ、2人きりの時は、権七どのもあり、ということで。みんなの前では、権七でお願いします」
「では、明朝六ッ半(午前七時)に、〔樋口〕に山駕籠をつけてください」
「かしこまりました。しかし、あっしは、先ほども申しましたように、〔樋口〕は鬼門なので、山駕籠の者だけがお迎えに行きます。あっしは、(三島)大社さんの大鳥居の前でお待ちしております」
「よろしく、お願いします」
〔甲州屋〕へ帰りつくと、気配で察した供の藤六(とうろく)が、きちんと着物のままで、部屋から出てきた。
「どうした? 都茂(とも)どのが、よく、辛抱しているな」
「若。冷やかさないでくださいませ。で、〔馬入(ばにゅう)〕の勘兵衛の件はいかがなりました?」
「権七が、うまく、話をつけてくれていて、平塚宿の先の馬入村の勘兵衛の家で会うことになった」
「大丈夫でございますか?」
「権七が付き添ってくれる」
「小田原宿から、代官所へ使いをだしましょうか?」
「いや、それは無用のようだ。安心していてよろしい」
「それでは、お休みなさいませ」
口を寄せた銕三郎がにやりとして、
「都茂にな。箱根宿でもう一泊するから、今夜は軽くですますように言ってやれ」
藤六がぼんのくぼを掻く。
部屋では、阿記(あき)が、寝着のままで起き上がってきた。
「寒いから、床に入っていなさい。話は、その中でできる」
羽織・袴を脱いで寝着に着替えた銕三郎が床へ横たわると、早速に阿記がもぐりこんでくる。
「権七には、阿記とこうなったこと、言いそびれた。明後日、箱根宿から畑宿村への山道で言うつもりだ」
「それでは、明日、私どもは?」
「後ろからつけてくれ。箱根宿の本陣・〔川田〕角右衛門方で落ち合おう」
「はい」
「〔川田〕方から、阿記は芦の湯村へ帰って東慶寺へ入門する支度を整え、明後日の四ッ(午前10時)に畑宿村の長(おさ)・めうがや畑右衛門どのの屋敷で落ちあおう。あとは鎌倉までいっしょだ」
「まあ、うれしい」
「阿記が東慶寺へ入ってしまえば、噂が広がることもあるまい」
「いろいろと、ありがとうございました」
阿記が銕三郎の寝着の腰紐をほどく。自分の前はすでに開いている。
「明日は、六ッ(6時)起きだ」
「はい」
朝靄(もや)が濃い朝であった。
七ッ前に〔樋口屋〕の門の前で、山駕籠が待っていた。
(〔樋口〕伝左衛門方の門を移した円明寺の山門
三島観光協会パンフレットより)
【ちゅうすけ注:】本陣・〔樋口〕伝左衛門方の門構えは、現在は旅籠〔甲州屋〕の北隣の円明寺に移築されて健在である。
藤六が先に入って行って、与詩(よし)の荷物を取ってき、駕籠にしばりつける。
お芙沙(ふさ)と手をつないで、与詩があられた。2日間だけでかなり大人びたように見える。
「うちの子が、与詩ちゃんになついてしまって、お別れがつらいようで、手間どりました」
「与詩。お芙沙母上にお別れのご挨拶をしなさい」
「ふさ(芙沙)ははうえ(母上)、また、おあ(逢)いちまちょう」
「ええ。また、お泊りにいらっしゃい」
「あにうえ(兄上)。こんどこそ、ふさははうえのおいえ(家)で、ね(寝)まちゅね---すね」
「その節は、お芙沙どの、よろしく」
「お阿記さんを大切にしてあげてください」
3人の会話を、亭主の伝左衛門が、帳場から不機嫌な目で見ている。
与詩の躰をすがり綱につないだ赤いしごきは、お芙沙のものだった。2人の仲をつないだ細帯のようにも見える。山道で駕籠が傾いても、これで与詩がこぼれ落ちることはない。
「では」
「つつがないお旅を」
「また、お逢いできましょう」
「お待ちしています」
銕三郎とお芙沙が、また逢うことになったのは、それから9年後---父・宣雄が京都西町奉行として赴任のために東海道をのぼった時であった。
与詩のお寝しょうの報告はなかった。
【参考】三島観光協会
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