明和2年(1765)の銕三郎(その2)
「お白洲でお裁きがありますから、お立会いくだされ、と殿からの伝言でございます」
長谷川の本家---一番町新道の屋敷を火盗改メ・本役の役宅としてしている、大伯父・太郎兵衛正直(まさなお)のところの下僕が、使いに来て、そう言った。
「ほう。なんという名の盗賊一味かな?」
と銕三郎(てつさぶろう)。
「申しわけございません。そのことは伺っておりませぬ。ただ、申しつかったのは、お越しくださいとのことだけでして---」
「承知いたしました、と火盗改メ・ご本役どのへお伝えを---」
指定された時刻の小半刻(30分)も前に到着すると、同心部屋へあてられている中玄関横に、顔見知りの高井半蔵が居合わせたので、
「なんという名の盗賊一味ですかな?」
同じ問いかけをしてみた。
「盗賊?」
「いや、火付けでしたか?」
「そんな大物ではございません。屋標(やひょう)附紙(つけがみ)賭博(とばく)の犯人ですよ」
「何です? 屋なんとやら賭博というのは---」
「屋標附紙賭博」
「そう、その屋標附紙賭博というのは?」
「銕三郎どのは、先ごろ禁令が出された、役者紋附紙賭博はご存じでご存じでしょう?」
「存じませぬ」
歌舞伎役者の紋どころを20ばかり印刷した紙の両端に、爪楊枝の半分くらいの長さの小片を1本ずつ貼りつけておいたものを、4文とか5文で売り出し、買った者は、小片をこれと推量した役者紋の上に貼りなおして会所(売り場)へ届けておく。
受け取った書役(しょやく)は、その紙に所・氏名を書きこんで、開票の日まで保管する。
正解は、勧進元(胴元)が秘匿しており、開票日に、会所に公示、正解者には1貫文(1000文=約1万2500円)---ただし、正解者が複数のばあいは、1貫文をその人数で割って渡すという賭博である。
これだと、字の書けない者、読めない者でも賭けられるから、盛んに行われた。
たびたび、禁止令もでた。
(役者紋の一例 畏友・大枝史郎さん『家紋の文化史』講談社より)
屋標附紙賭博は、その役者紋附紙賭博をもじった、新手(あらて)の附紙だという。
「高井さま。もうすこし詳しくお教え願いませぬか?」
「白洲にお立会いになれば、たちまち、お分かりになりますよ。それまでのお楽しみということに---」
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