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2008.07.12

宣雄に片目が入った(6)

長谷川うじ---』
西丸の大手門を出たところで、長谷川平蔵宣雄(のぶお 30歳 400石)は、うしろから声をかけられた。
立ち止まってふりかえると、同じ西丸・書院番の先輩、太田庄右衛門資久(すけひさ 37歳 400石)の、色黒の巨躯があった。
「これは、太田さま---」

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(太田庄右衛門資久の個人譜)

庄右衛門資久は、西丸・書院番に9年前から出仕しており、この1年ほど前からは進物番も勤める、番士の中でもえり抜きの逸材である。
進物番は、書院番と小姓組の一つの組から5名ずつ選抜される。
西丸の書院番と小姓組はそれぞれ4組だから、400名中から40名が、容姿、口跡、知能の3点を選抜基準として進物番になる。
西丸の場合、世子へのいろんなところからの献上物を受けつけ、下賜品を渡すのが主たる仕事である。
ちゅうすけ注】鬼平こと平蔵宣以(のぶため)も、書院番時代に進物番にえらばれている。

新入りの宣雄としては、相手は大先輩でもあり、十分な敬意をもって応対しないといけない。

立っていた宣雄をうながして歩はじめた太田資久が、
「いや、ほかでもありません。長谷川うじのご先祖は、三方ヶ原で討死なされたと聞いておりますが---」
「はい。大権現さまの魔下へお加えいただいて丸3年目のことでした」
「いや。お声をかけたのは、わが太田一族にも、三方ヶ原の戦いで戦死したのがおるということでしてな。ところが『四戦紀聞』などの史書で確かめても、名がでこないのですよ。それで、長谷川うじのほうになにか手がかりでもないかとおもいましてな」
ちゅうすけ注】祖・長谷川紀伊守(きのかみ)正長(ながまさ)の討死については、2008年7月4日[ちゅうすけのひとの言](18)
2007年6月1日[田中城の攻防]

「わが家は、分家でございます。そのようなものを持ち合わせておりますかどうかを、本家へ問い合わせてみましょう」
「急ぐことではないので、おついでの折にででも、よしなに---」

かしこまって、堀端を左右にわかれた。
太田庄右衛門資久の屋敷は、駿河台にある。
そのころの長谷川家の屋敷は、まだ、赤坂築地中之町であった。鉄砲洲築地へ越したのは、それから2年後のこと。

3日のあと。

営中で、近寄ってきた太田庄右衛門資久がささやきかけた。
「厠(かわや)へまいられよ」

用をすまして、手を洗いながら、資久が苦笑して、
「とんだ、勘違いをいたしましてな。お許しくだされ」
「なんでございましょう? 三方ヶ原の件は、まだ、本家へ出かけておりませぬが---}
「ご放念くだされ。それがしの勘違いでござった」
「と------」
「大番組の太田彦兵衛正森(ただもり 36歳 410俵1斗4升)どのをご存じかな?」
「お名前だけは---」
「あの先祖に、甚九郎正近という者がおりましてな。21歳で討死しているのですが、昨日、四谷大番町の彦兵衛どのを訪ねた確かめたところ、三方ヶ原の合戦ではなく、長篠の武田勢との戦いでござった。面目次第もござらぬ」
「なにをおっしゃいますか。わが家の息・鬼平のことを書いた池波正太郎さんという後世の大作家も、三方ヶ原の合戦と長篠の戦いをごっちゃになさっておられます」
(長谷川宣雄が、こんなことをいうはずがない。じょうだん、冗談)

こう言いかえたらどうだろう。
「合戦の話っていうのは似たり寄ったりで、英雄が生き残り、人のいいのが討死して、ジ・エンド」

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(太田甚九郎正近と後継の家督者)

太田資久は、言いわけを、
「それがしは、菅谷(すがのや)家(200俵)からの養子でござってな。太田一門のことには詳しくはござらんのだが、なんとか、話題を---と、あせった結果が、このざまです」
「お気になされることではございません」
「太田彦兵衛どのに聞いたのですが、大権現(家康)さまは、長篠で討死した甚九郎を惜しんで、ただちに、名跡を高木家から選んで継がせ、400石を賜ったようです」
「ありがたいお計らいでございます」

太田庄右衛門資久を引きあいにだしたのは、家康の名門好きということもある---太田家は太田道灌(どうかん)の流れ---が、じつは、菅谷家は、吉宗が江戸城へ入ったあと、二ノ丸へ移ってきた家重(幼名・長福丸 6歳=当時)に付きそって幕臣化した家柄である。

深井雅海さん『江戸城 本丸御殿と幕府政治』(中公新書 2008.4.25)も指摘しているように、吉宗、家重、家治とつづく紀州勢をみた幕臣の中には、この閥とのつながりを求めた家もあったろう。
古今東西の、通例とみる。

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