〔橘屋〕のお雪(4)
「長谷川先輩。お雪さんが、この2夜、帰ってこないのですよ」
銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)が、高杉道場の裏庭の井戸端で、上半身を裸躰にし、稽古でかいた汗を拭きとっていると、井関録之助(ろくのすけ 19歳)が声をかけた。
「2夜も帰ってこないとは、どういうことだ?」
「どういうことといわれても---おとといの朝、探索にでていったきり、音沙汰がないのです。うちへ泊まったのは最初の一晩だけ---」
「なぜ、もっと早く言わなかった」
「お雪さんには、岸井先輩がつき添っているわけでしょう? なにかあったら、岸井先輩から、長谷川先輩に連絡がいっているとおもって---」
「左馬さんからは、なんの沙汰もをない」
左馬之助(さまのすけ 23歳)は、お雪(ゆき 23歳)につきっきりでお勝(かつ 27歳)の働きどころを捜しをしており、その間、道場の稽古も休むように、高杉銀平師の許しを得てある。
【参照】〔お勝(かつ)〕というおんな] (1) (2) (3) (4)
お勝を見つければ、その情人(いろ)の男役・〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(りょう 29歳)の手がかりがつかめるとふみ、お勝の顔をしっているお雪を、勤め先の〔橘屋〕忠兵衛から借りだしていたのである。
(左馬と組ませたのは、猫にかつおぶしだったか---いや、猫はお雪のほうだ。これまでも、なんとなくおれのく気)を引いていたが、純情な左馬なら、手もなくおとされよう)
銕三郎は、自分のことは棚にあげている。
銕三郎のこれまでの女躰体験は、三島の若後家・お芙沙(ふさ 25歳=当時)のことからして、14歳の初穂を食べてみたいという彼女ののぞみだったのである。
風呂場で、芙沙も身にまとっていたものすっかり脱いで、背中を流してくれ、その背中に乳房がふれ、銕三郎のまだ芝生も生えそろっておらず、亀頭もみせていないものが、弓なりに痛いほど直立した。
お芙沙は、仮(かりそめ)の母に甘えているとおもえと、少年の銕三郎に気づかいをみせてくれた。(歌麿[美人入浴] 芙沙のイメージ)
【参照】2007年7月16日[仮(かりそめ)の母・お芙沙(ふさ)
18歳のときの、人妻・阿記(あき 21歳)との出会いも、彼女のほうからいっしょに湯へはいりたいとのぞみ、共湯したのであった。
阿記は、背から銕三郎の太ももへ乗ってきた。
その尻の割れ目が、銕三郎のものを強く刺激した。(栄泉[水中流泳] 阿記のイメージ)
【参照】2008年1月1日[与詩(よし)を迎えに (12) (13)
雷雨にずぶぬれの衣類を浴室で脱ぎすてたあと、雷光をさけて蚊帳の中で時をすごしていた2人に、近くに落ちたかおもうほどの音に、怖がったお静(しず 18歳=当時)が抱きついてきた。
素肌にちかい形での抱擁だったから、19歳の銕三郎に手びかえろと言うほうがむりというものであった。
お静は、盗賊の首領〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 45歳=当時)の囲い女だったから、無事に終わったのが奇跡といっていい。(栄泉[ふじのゆき] お静のイメージ)
【参照】2008年6月2日~[お静という女] (1) (2)
そういえば、お仲(なか 33歳=当時)---まだ改め名まえのお留(とめ)だったが---とは、船酔いだというので、音羽の小料理茶屋の2階の蚊帳の中に伏せさせて気分がおさまるのを待っているうちに、初めて躰をあわせたのであった。
その時の銕三郎は22歳で、それなりに経験も経ていたが、なにしろお仲はむすめも産んでいるし、男との数も豊富らしかったから、青年にはわからない微妙なツボの手練まで教わることになlり、いまにいたっている。
【参照】2008年8月7日~[〔梅川〕の女中・お松] (7) (8)
(お雪の手管に、たわいもなく、おちたはいいが、左馬のほうはしばらくおんなっ気から遠ざかっていたから、力みすぎて、荒々しく振舞っていたりしたら恥っさらしだが---いまごろは、春慶寺の離れでやにさがっているかな)。
まさしく、自分のことは棚にあげて---だ。
自分は、お仲の師範の成果で、いっぱしの皆伝持ちみたいにうぬぼれている。
左馬のぶきっちょを想像して、独り笑いがこぼれたらしい。
この道の、若い男のひとりよがりは手がつけられない。
「先輩。録は、どうすればいいでしょう?」
録之助が訊いてきた。
銕三郎は、照れかくしに、
「録。お雪どのが帰ってこないのをいいことにして、お元(もと 32歳)とたっぷりたのしんでおるな?」
「そんな無茶を言わないでください」
どれもこれも、春先の猫もどきにそのことばかりを考えている。
ま、若さの象徴というものかもしれない。
「着替えの下着などは、どうなっているのだ?」
「置きっぱなしです」
「それでは、まもなく戻ってくるだろう。なにも聞かないでおいてやれ」
銕三郎としては、男女の仲のことはそっとしておくにかぎる、と、左馬と〔物井(ものい)〕のお紺(こん 29歳)のことで悟っていた。
なまじ、気をつかいすぎたために、友情が冷えかかったのである。
躰の結びつきなら、いずれは離れる。
それよりも、気になったのは、お雪というおんなの素性について、なにもこころえていないことであった。
〔橘屋〕忠兵衛の目ききにかなったということで安心しきっていた。
目ききをされてから、2、3年はすぎている。あの齢ごろの2、3年は、変わりがはやく、大きく変わることもある。
とりわけ、客商売のお雪である。どんな客の誘いにのっているか、しれたものではない。
衣服をあらためると、雑司ヶ谷の〔橘屋〕へむかったが、女中頭のお栄(えい 36歳)の仕事時間前に行きつくために、両国橋の東詰から駕籠にのった。
浅草・今戸あたりの香具師(やし)の元締(もとじめ)・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 59歳)のところの若い衆に木刀術を指南する手当てを、井関録之助から半分めしあげているので、困ることはない。
鬼子母神(一の鳥居)脇の茶店の小女に、呼び出し文をとどけさせた。
座敷着のお栄が、息をつかせながらなやってきた。
お雪の身上がしりたいのだと告げると、眉をひそめたお栄が口にしたのは、
「やっぱり---」
ため息であった。
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