田中城ニノ丸(3)
この日の年始まわりは、まず、芝・三田寺町の水谷(みずのや)出羽守勝久(かつひさ 47歳 3500石)邸であった。
勝久は、こころづもりしていたとおり、登城していて留守で、去年の師走5日に銕三郎(てつさぶろう 24歳)といっしょに初見(しょけん)を終えた嗣養子・勝政(かつまさ 26歳)が年賀をうけた。
あとは、使いをだして都合をうかがっておいた、本多伯耆守正珍(まさよし 60歳 田中藩・前藩主 4万石)の隠居所を、芝・ニ葉町に訪問する手筈になっていた。
正珍からは、昼食を用意しておくから、ゆっくりしていくように---との返辞をうけていた。
賀辞と質素な午餐が終わったところで、
「銕三郎くんは、ことしあたりは嫁取りかの?」
訊かれて、父・平蔵宣雄(のぶお 51歳 先手・弓の組頭)をちらりと見てから、
「そのようになろうかと、覚悟をしております」
「嫁を迎えるのに、覚悟をしなければならぬ、なにか面倒な事情でもあるのか?」
「いえ、ございませぬ」
銕三郎は、雑司ヶ谷の料理茶屋〔橘屋〕のお仲(なか 35歳)との、1年近い付きあいの夜をおもいだして、すこし赤くなった。
(国貞『正写相生源氏』[堪能の余韻] お仲のイメージ)
「嫁取りまでに、始末をしおかねばならぬ事案を持たないような若者は、見込みがないわ。はっははは」
正珍は、宣雄に向かい、
「で、なにか、用件があったのじゃな?」
宣雄は、先祖が武田方から徳川の家臣となり、田中城のニノ丸の守備に就いた、寄合・坂本美濃守直富(なおとみ 37歳 1700石)が、
「大殿にお目どおりを願望しております。いかが、答えておきましょうや」
と告げた。
「坂本---とな?」
「栗原衆だったとか---」
「では、親類衆・武田刑部どのの一門じゃな。たしか、山梨郡(やまなしこおり)栗原の郷あたり---」
「おお。恐れいりましてございます」
「なに、わが藩にも、栗原衆の流れがいての。若名なんとか---代官をしておる」
銕三郎は、60歳の伯耆守正珍の記憶力がいささかも衰えていないことに、内心、舌をまいた。
30代という若さで老中職に就いた実力の片鱗を、見たおもいであった。
「長谷川どの。ずっと先(せん)に、銕三郎くんをわずらわせて、国元まで足労をかけたにもかかわらず、残念にも流れた田中城をしのぶ集いな。あのときは、どうやら、人選びをあやまったようだな。坂本うじのような仁を、もっと、こころがけるべきであったような」
「申しわけもございませぬ」
「気にいたすな。坂本うじとやら、寄合ほどの身で、訪れてくれるとは、珍重(ちんちょう)々々」
「ありがたきおぼしめし---」
「ところで、銕三郎くん。藤枝宿や小川(こがわ)への旅したのは、幾つのときであったかの?」
「14歳でございました」
銕三郎は、三島宿で男になったことをおもいだした。
(あのとき、お芙沙(ふさ)は25歳とか、言っていた。初めて同衾したおんなの匂いに、むせかえるようであったな)
【参照】2007年7月16日[仮(かりそめ)の母・お芙沙(ふさ)
「いまは幾歳かの?」
「明けて、24歳になりました」
「あれから、もう、10年にもなるか。歳月の足は、いかにも、速い」
| 固定リンク
「090田中城かかわり」カテゴリの記事
- 田中城しのぶ草(11)(2007.06.29)
- 田中城ニノ丸(3)(2008.12.28)
- 田中城ニノ丸(2008.12.26)
- 田中城ニノ丸(4)(2008.12.29)
- 田中城ニノ丸(5)(2008.12.30)
コメント
「田中城二の丸」の記述についてお尋ねしたく連絡させて頂きました。私の家内は記述の中に出てくる坂本貞次・直富の直系に当たります。貞次は坂本家に残る武田の朱印状から武田時代に田中城の守備についていたこと、家康家臣になってからも焼津市有形文化財の坂本・駒井連署状にあるように在城しておりました。お尋ねは記述の中に武田では栗原衆とあったこと、長谷川宣雄と直富がどのような知り合いであったのかなどです。坂本家に残る先祖書きなどではそのようなことがわからないのでとても関心があります。それ以外にも坂本についておわかりのことがありましたら些細なことでもお教え願えれば幸いです。
投稿: 金子元治 | 2009.10.17 23:05
>金子 さん
お尋ねの件、じつは、ブロクにも書きましたように、銕三郎の初お目見のことを調べていて、『徳川実紀〕に記されている30余名ではなく、150名近くいたことが『寛政重修諸家譜』を総あたりしてわかり、一人ずつ、検証している過程で柴田氏、坂本氏などを知りました。
そのような事情で、とりわけ、坂本氏を調べたわけではありません。
しかし、手持ちの資料で坂本氏かかわりの六郷氏などのコピーはさしあげられます。
03-3816-3914へ送り先をファクスしてください。
なお、静岡駅ビル・パルシェ7階のSBS学苑で「鬼平クラス」へ月1(第一日曜B午後)講義に通っていますから、お目もじの機会もあろうかと存知ます。
武田のことは、ぽつぽつ調べております。
投稿: ちゅうすけ | 2009.10.18 07:44