火盗改メ・永井采女直該(2)
火盗改メのお頭(おかしら)・永井采女直該(なおかね 52歳 2000石 鉄砲(つつ)組の4番手組頭)は、最後まで顔を見せなかった。
そのことを銕三郎(てつさぶろう 26歳)が、父・平蔵宣雄(のぶお 53歳 先手・弓の8番手組頭)へ告げると、
「とぼけたことを言うでない。先方は2000石の幕臣だぞ。しかも、泣く子もだまる火盗改メのお頭でもある。部屋住みの銕(てつ)など、眼中にあるものか」
「しかし、捕り物を頼んだのでございすよ」
「名前が同じ采女で、家禄も2000石同士でも、本多采女紀品(のりただ 58歳 大番組頭)どのは、別なのだ」
「火盗改メといえば、町方(まちかた)や在方(ざいかた)以下の盗賊相手の職務。高くとまっていては、職務がつとまりまらないと存じますが---」
「銕が火盗改メの頭になったら、気さくにふるまえばよろしい」
「はい。そういたします」
離れへ引きさがってきた銕三郎に、辰蔵(たつぞう 2歳)を抱かせなから久栄(ひさえ 19歳)が、
「しっかりとお顔を覚えさせておきなれませ。10日もお顔を見ないと、忘れるやもしれませぬ」
「おどかすな。長い一生のうちの、ほんの10日のことだ」
「一日千秋、と申します」
「それは、久栄の気持ちであろう。拙とて、一日万春だ」
「ほんとうでございますか?」
「ほかに、そういうおもいをするおなごでもいるとおもうのか」
「いまのお言葉、うれしゅうございます」
銕三郎は、浅野大学長貞(ながさだ 25歳)が路銀のたしにとよこした5両のうちから3両を、
「辰蔵の着るものでも買うてやってくれ」
久栄は押し返し、
「辰蔵は、大橋の母にとっても初孫でございます。着るものには不自由させませぬ」
「それは、拙の母ごで、その方の姑(しゅうとめ)どのにも初孫だ。だが、父親は拙である。着るものの一枚ぐらいは買うてやりたい」
「おろかでございました。頂戴いたします」
機嫌がなおった久栄は、さっさと床をのべた。
「もうか?」
「一夜千秋、万春を満喫いたしましょう」
「ほら、千秋がこのように張りきって---」
「まんも、常に倍して濡れに濡れ、ながれるほどだぞ」
「今宵あたり、辰(たつ)の妹ができそう」
「さようか。では、しっかり受けとめて、放すなよ」
「はい。ああ、きています、き、ま、し、た」
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