府内板[化粧(けわい)読みうり](2)
松造(まつぞう 22歳)が、〔耳より〕の紋次を伴って入ってきた。
平蔵(へいぞう)と〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち 41歳)は、それまでつづけていた料理茶屋〔貴志〕の話題をさりげなく閉じた。
「紋次どの。知恵をお借りしたい」
ちょうど折りよく、使いに行かせた小者が、2枚板にはさんだみやこ板[化粧(けわい)読みうり]を持って帰ってきた。
(佐山半七丸『都風俗化粧伝』東洋文庫より)
手渡された紋次は、さすがにその道に通じている者らしく、どの板にも、お披露目枠に〔小町紅〕と窯元白粉〔延吉屋〕がでんと居座っているのを指して、
「この枠の買い切り料はいかほどです?」
「松造、覚えておるか?」
平蔵の問いかけの真意を察し、
「8枠のうちの半分の4枠を独り占めでしたから、6両(96万円)でした」
5割、下駄---というより高下駄をはかせて応えた。
【参考】2009年8月22日[〔左阿弥(さあみ)〕の角兵衛] (2)
「これっぽっちで、6両!」
さすがの権七も、驚きの声をあげた。
紋次は落ち着いていて、
「松造さん。刷り数は何枚ですか?」
「2000枚」
「ふむ。で、紅屋さんの売り上げの伸びは?」
「ならすと、1板ごとに5割増しの60両(960万円)以上と聞いたような」
「化粧の品や薬は、原価の9層倍というから、もとは充分にとれている。それで、紅屋へお披露目枠を持ち込んだのは?」
「祇園一帯をシマにしている〔左阿弥(さあみ)〕 の元締二代目・角兵衛さんです」
「元締の扱い手数料は?」
これには、平蔵が答えた。
「お披露目枠料の2割」
「とすると、お披露目枠全部で12両だから、2両1分2朱ちょっと。〔左阿弥〕の若元締が、それっぽっちの金のために動きますかねえ」
紋次の読みは、さすがに鋭い。
しかし、平蔵はけろりとして、
「8枠のうちの4枠は買いきりみたいなものだし、お披露目したがている店舗のほうから若元締のところへ頼みこんでいたくらいくでな」
「なるほど。濡れ手に粟って感じ---」
「お披露目したがっている店舗をこなすために、月に2板も板行する始末でな」
「絵は?」
「狩野派くずれの町絵師・北川冬斉。なんでも、祇園や北野天神前にできている新顔の色町の売れ妓(こ)を描いてやって、その妓からの袖の下が大きかったらしい。しかし、紋次どには、こころやすい絵師が---」
「ああ、奇泉師匠のことを覚えてくだってやしたか」
【参照】2008年8月12日[〔菊川〕のお松] (11)
「ご健勝かな?」
「もちろん。ところで、文章は?」
「拙です」
「初瀬川(はつせがわ)さんが?」
「いけませぬか?」
「恐れいりやした。弟子入りしてえぐらえで---」
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