日本橋通南3丁目箔屋町〔福田屋〕(3)
「お待ちしていますから、すぐにお越しくだせえ」
使いの小僧が、〔丸太橋(まるたばし)〕の小頭・雄太(ゆうた 39歳)の口上を持ち帰ってきた。
横川に架かる黒船橋北詰の駕篭屋〔箱根屋〕から、仙台堀の枝川に架かっ深川材木町(現・江東区福住2丁目)と富久町(同深川1丁目)をむすんでいた丸太橋までは、5丁(600m)あるかどうかである。
池波さん愛用の近江屋板の切絵図でみてもらうと、赤ドットが〔箱根屋〕のある蛤(はまぐり)町、緑ドットが丸太橋西詰の源次(げんじ)元締の住まいのあった深川材木町。
もっと鮮明には、近江屋板をモノクロで書き起こした『古板江戸図集成』(中央公論美術出版)で。
材木町の所以(ゆえん)は、日本橋・京橋界隈の材木商の木場であったからといわれている。
【ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』の熱愛読み手なら、深川の〔丸太橋〕とくればも、まず、巻1[暗剣白梅香]で、金子半四郎に殺しを依頼した、深川一帯に睨みをきかせている〔丸太橋〕の与平次 p207 新装版p219 をおもいだす。
つづいて巻11[密告]p198 新装版p209 で、悪い旗本の孕まされた小むすめのお百が、赤子をだき、びっこを引きひき丸太橋をわたって上総へ帰っていく情景をおぼえているはず。
さて、香具師の元締・〔丸太橋〕一家では、小頭・雄太が平蔵と権七を迎えた。
元締の源次は躰の具合が悪くて臥せっているというのだが、その後の噂で、中風で立てないのだとわかった。
〔箱根屋〕の親方には、いつもお世話になっておりやす」
雄太があいさつをした。
「小頭。手前どもがお世話になっております駕篭切手の案は、こちらの長谷川さまがおもいつかれたものです」
雄太は平蔵にも頭をさげ、
「〔音羽(おとわ)の2代目さんからも、[読みうり]のお話をおぼろげにうけたまわっておりやす。せいぜいお引き立てをお願い申しやす」
「きょうは、そのことで---」
平蔵が、日本橋南3丁目箔屋町の〔福田屋〕がお披露目枠を買いたがっていることを告げると、雄太小頭は、
「ものを動かして儲ける時代から、形のねえものを動かして利を稼ぐ時代になるようでやすなあ」
さすがに「風声」とは言わなかったが、見るところはみている。
「それで、来月初めの元締衆の集まりには、小頭がこちらの元締の代理ということだと、小頭の代理は?」
「2番小頭の千吉(せんきち 26歳)というのがおりやすが---」
「いや。こんどのお披露目枠は、雄太どのに仕切ってもらったほうがよさそうだ」
「なぜ、でごさんす?」
「形のないものから利を稼ぐということは、なかなか理解がおよばないのです。それがお分かりの小頭はさすがだ」
じつは、雄太の容姿を買った。
商店の主が恐ろしがらない、一見、おだやかな風貌の持ち主であった。
ほめられても、雄太はにこりともしなかった。
なにか、もっと大きな稼ぎを目論んでいるかのようにもみえた。
「それから、〔音羽〕の2代目さんから、化粧指南師の見習いということでやしたが、うちのなにの姪っ子に、それらしいのがいますが---」
「そのこと、そのこと。〔福田屋〕にはすでに指南師がいるから、急には用はないが、お師匠を〔音羽〕のご新造・多美(たみ 32歳)どのがお引きうけくだされたから、義理にでも入門してあげてほしい」
「承知いたしやした」
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