元締たちの思惑(3)
「現物を見ないと、ご納得がいきますまい」
長谷川平蔵(へいぞう 28歳)は、話し終わって気をたかぶらせている松造(まつぞう 22歳)に、
「例のものを---あ、背の低いのを、のほうだけでいい」
3日前に速飛脚便で届いたばかりの[みやこ板・化粧(けわい)読みうり]を、松造が全員に配りおえると、〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 47歳)の内儀のお多美(たみ 32歳)に、
「先日、お預けした[よみうり]をお持ちいただいていたら、こちらへ---」
声をかけ、受けとった。
「おのおの方、いまお配りしたのは、拙が江戸へもどってからも、祇園の〔左阿弥(さあみ)〕の角兵衛(かくべえ 40がらみ)どのが板行なさっているものの、18番目の[読みうり]です」
(佐山半七丸『都風俗化粧』(東洋文庫)より)
「18番目といわれたが、何か月のあいだに?」
訊いたのは、〔於玉ヶ池(おたまがいけ)〕の伝六(でんろく 32歳)であった。
「拙が京へ上ったのが去年の9月、第1板をだしたのが師走だったから、まる10ヶ月で---」
「江戸でもその調子でお考えでやすか?」
これは、〔丸太橋(まるたばし)〕の元締のむすめ婿の雄太(ゆうた 39歳)。
「それは、板行してから、おのおの方が決めることです」
「この、背の低いのを---という内容は、どうやって選んだのでやすか?」
〔木賊(とくさ)〕の今助(いますけ 26歳)ものってきた。
今助の女房の小浪(こなみ 34歳)とは面識がある。
「さあ、そのことにつていては〔左阿弥〕の二代目はなんにもしらせてはきていないが、この前の板で背の高いのを---というのが人気があったからではないかな。〔音羽〕のご新造どの。この話題は、若いおんなには興味がありそうですか?」
お多美は、化粧指南師の卵を育てる役を買ってでている。
「髪型、化粧、着るもの---自分がきれいに見えることに興味をもたへんおんなは、一人もいはらしまへんえ」
とつぜん、京ことばで答えられ、みんなは〔音羽〕の重右衛門が、祇園の〔左阿弥〕の元締のところで修業していたことを、あらためておもいだした。
その〔左阿弥〕がかかわっている[化粧読みうり]の意味もおぼろげに理解した。
重右衛門がはじめて口をきいた。
「お多美のきれいなもの、芸についての目のたしかさを、長谷川さまがお認めくださり、上野一帯をシマの〔般若(はんにゃ)〕の猪兵衛(ゐへえ 26歳)元締が、湯島天神の寄りあいの間を、化粧指南師の習いどころとして手当てしてくださった。猪兵衛どん、あらためてお礼をいわせてもらいます」
重右衛門が頭をさげたので、ほかの元締衆や小頭たちも、口々に謝辞を送った。
「ところで、元締衆および小頭の方々にとって、いちばん肝心なことは、お披露目枠を1年通して買い占めてくれる店を、しっかりとつかむことです。[化粧読みうり]のお披露目が効くという噂は、3板もでないうちにひろまるが、第1板がでないうちにそれを信じてくれる店をみつけなければならない。効き目は、京の〔紅屋〕と〔延吉屋〕が証人になってくれるはずだから、問いあわせ飛脚を送らせるようにすすめていただきたい」
「風評をつくるということでやすな」
〔丸太橋〕の雄太がつぶやいた。
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