平蔵宣以の初出仕(4)
鋭い一閃がきた。
さっとかわして後退し、提灯を暗殺者へ投げた。
提灯が斬られた。
が、その一瞬に、敵の人相をたしかめた。
浪人者であった。
退りながら、いってみた。
「人違いいたすな。書院番士であるッ!」
相手は、無言のまま、迫ってくる。
「橋番、狼藉者だ」
咄嗟に叫びつつ、後退をつづけた。
仮に、相手を斬ったら、証人が必要になるからでもあった。
【ちゅうすけ注】江戸の武家物では、よく人を斬るが、斬った当人も本格的に調べられた。
西詰から、明かりをもった橋番らしいのが、棒を手に近寄ってきた。
舌打ちした襲撃者は、逃げにはいった。
すばやく追い、峰で浪人の右肩を撃った。
うめいてかがみこんだその脊に蹴りを入れた。
つんのめり、苦しんでいる首を手刀で撃ち、橋番に綱をもってくるようにいいつけた。
(御宿(みしゃく)稲荷から帰りを待ち伏せたとはおもえない。
食いつめ浪人の所業であろう)
「物盗りとおもえる。近くの辻番所へ引きたてよ」
「辻番人です」
「これは重畳。してどちら方の?」
「菅沼さまほかご3家の---」
「菅沼さまと申せば、日光ご奉行の---?」
「さようではありません。野田菅沼さま---」
「新八郎さまと申されたかな?」
「さようです」
(新大橋西詰、□=菅沼家前の辻番所)
菅沼新八郎定前(さださき 7000石)は、2年前に遺跡をついだばかりで、当年11歳の待命中であった。
【ちゅうすけ注】野田菅沼家のことは、宮城谷昌光さん『風は山河より』(新潮文庫 6冊)
「ごあいさつは、明日、下城の途次にお立ち寄りして申し述べる」
平蔵は、身分と姓名を告げた。
(それよりも、四ッ(午後10時)ちかくまで、なにをしていたか、証拠をつくらねば---)
気が重かった。
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