平蔵宣以の初出仕(3)
田安家は、乞われて白河藩へ養子にだした3男・定信(さだのぷ 賢丸 まさまる あらため 17歳)の縁組を取り消したいと策しているらしいと聞き、
「それでは、相良侯(老中・田沼主殿頭意次 おきつぐ 56歳 3万石)のせっかくのお骨折りが無になるではないか」
平蔵(へいぞう 29歳)がいっているのは、白河藩主・(久松)松平定邦(さだくに 47歳 11万石)の懇望をうけ、諸方へ手くばりをして実現にこぎつけた田沼意次の苦心である。
久松松平は、家康の実母・於大(だい)の再婚先つながりとはいえ、最初(はな)からの松平一門ではない。
膳の盃代わりにしている小ぶりの椀の冷や酒をあおった里貴(りき 30歳)が、立てていた片ひざをなおし、
「坂上のお屋敷のことなど、もう、よろしいではないですか? 時がくれば、なるようになるにきまっております」
「なるように、なるか---」
「それより、銕(てつ)さまの初出仕のお祝いをさせてくださいませ」
「お祝い---といえば、拙のほうから内祝いの品を持参すべきであった。拙としたことが、ぬかっておった」
「わたしからのお祝いは、となりの間で---たっぷりと」
お祝いをするといっただけに、その夕べの所作は、平蔵がもてあますほどに、はげしかった。
里貴が自慢の白い肌を桜色に染めるのも、いつもよりはやいと、下から見ていて平蔵はおもった。
(映画『氷の微笑』の解説パンフで、シャロン・ストーンが、男をベッドに縛りつけ、上半身を佇立して攻めている画面写真をさがしたがなかったので表紙を掲出。上は栄泉『艶本華の奥 』)
「ひと月ぶりですもの---」
のけぞりながら里貴は、うわごとのように、いく度もつぶやいた。
髷(まげ)はくずれかけている。
桜色になった両乳房のまん中に、ひと筋、汗のながれたあとがあった。
上から腰をゆすることで、平蔵に愉悦を贈っているとおもいこんでいる。
つまり、祝意を捧げていると---。
そういえば、おんな男の〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(りょう 29歳=.明和7年)と最初に睦んだとき、おんなには立役として自分から動いていたのに、あのときは、平蔵を受け入れることで法悦をむさぼっていた。
【参照】2008年11月17日[宣雄の同僚・先手組頭] (8)
突然、家基の甲高い声、
「こころをいれて、はげむよう」
おもい出し、頬をゆるめたが、目を閉じ眉根をよせてはげんでいる里貴には見つからないですんだ。
ぶきっちょに、しかし、律儀にゆすっている里貴の尻を双掌でつかみ、指先で揉んでいて、右の小指が尻の割れ目の濡れた柔らかい肉に触れた。
小指の先をいれ、ぴくつかせる。
たまらず絶叫した里貴が、倒れる樹木kようにかぶさり落ちた。
平蔵も、頂上にかけのぼっていた。
素裸のまま、平蔵の髷を櫛でととのえてやりながら、
「お祝いの前に交わした話、殿中では、お洩らしにならないでくださいませ」
「承知しておる」
「信じておりました」
背後ら、重い乳房を押しつけ、耳たぶを噛んだ。
紅の香りがした。
暗い道を〔箱根屋〕と書いた提灯で照らしながら、京橋川ぞいに東向し、宿老・田沼意次の手くばりの奥深さに想像をはせた。
提灯は、権七(ごんしち)が笑いながら、
「いちいち、お持ちになるためにお立ち寄りいただくのもなんですから、10ヶばかり、つくらせました。お預けになっておおきください」
気を利かせてくれたのである。
御宿(しゃく)稲荷脇へ預けた。
田安家が定信(さだのぶ)の戻りを願っているようだが、天下の仕置きに意欲があれば、田安家の者になっては、直接に施政に手をだすことはできなくるはずである。
たしか、家康の遺訓として、ご三家にはそれが足かせとなっていた。
そこのところを、定信はどういいぬけるつもりであろう?
白河藩主としてなら、老中に任じられることもあるではないか。
しかし、お目見(みえ)の家格の家だけでも5000家余ある。
どの家も、人事には異常なほど関心をもっている。
役人の、古今東西の性癖であろう。
公平とおもわれる人事を、果たして、才気ばしっているとの評判が立っている定信が行なうことができるであろうか。
あれこれ反芻しているうちに、新大橋をわたってしまっていた。
と、橋の東詰で、殺気が走った。
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