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2010.10.09

鳥居丹波守忠意(ただおき)(3)

「お殿さま。この〔化粧(けわい)読みうり〕は、いただけるのでございますか?」
齢(とし)かさのほうの腰元・於佐都(さと 30代)が、興奮ぎみの声音で訊いた。
「持ち帰ってどうするのじゃ?」
西丸・若年寄の鳥居伊賀守忠意(ただおき 61歳 壬生藩主 3万石)が、わざと生真面目な表情をつくりながら問うてみた。

「一日、お暇をいただき、ここに書かれている店の化粧指南師に、顔の化粧(つくりかた)を実地に教わって参りとうございます」
殿さまの伊賀守は、さもおどろいたふりをし、
佐都の齢---許せ、齢でも、美しいといわれたいか?」

佐都はうつむいて応えなかった。
「わたくしも、お休みをいただきとうございます」
正月がくると20歳(はたち)の於千加(ちか)も、うわずった声で訴えた。

伊賀守が笑顔でうなずき、平蔵を瞶(みつめ)た。
「殿さま。お許しがいただけますれば、この〔化粧読みうり〕の考えの元をくれた、お(かつ 35歳)と申す化粧指南師に、白粉や紅をもたせて伺わせ、お腰元衆のお顔に、じかに化粧(けわい)をほどこさせることもできます。もちろん、化粧の品々にはお代をお支払いいただきますが---」

「どうじゃ、佐都---?」
「お願いしてくださりませ」
長谷川うじ、お聞きのとおりじゃ」
「日時は、おと打ちあわせ、後日、於佐都さまへお連絡(つなぎ)します」
佐都も於千加も、満面の笑顔で引きさがった。
奥女中たちに、一刻も早く朗報を、手柄顔で報じたがっている気配がみえみえであった。

長谷川うじ。探索の才のほかに、そのようにおなごをとろけさせる術(すべ)をこころえていては、もてて仕方があるまいのう」

音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 51歳)が、
「恐れながら、お殿さまへ申しあげます。長谷川さまは、剣のほうでも一刀流の免許をお持ちで---」
「これ、〔音羽〕の元締。よけいなこと言上してはなりませぬ」

「かまわぬ、かまわぬ」
「いえ。今日は、お殿さまに、元締衆の仕事ぶりをお聞かせ申す集まりでございます」

「勝手(かって 財政)方の算用のできるのは勘定奉行所にあまるほどおるが、風評を金に換える術(すべ)をこころえている武士はほとんどいない。
おそらく、予が領内の大師堂の身代り地蔵像をあっさり見つけ、取り戻してくれたのも、元締衆とやらのあいだに風評を走らせた故(ゆえ)の結実と察しておる。
風評という言葉が軽すぎたのであれば、謀略といいかえてもよい。大権現さまと武田信玄公がお得意だった術よ」

西丸・書院番4の組の与(くみ 組)頭の牟礼(むれい)郷右衛門勝孟(かつたけ 57歳 800俵)が、わがことを誉められたように、莞爾とうなずいていた。


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017幕閣」カテゴリの記事

コメント

平蔵さん、また一つ、やすやすと、人脈にクサビをうちこみました。
西丸の若年寄のご家中の腰元蓮を化粧で手なづけてしまえば、なにより強いクサビです。女性の髪の毛は象をもつなぐといいますから。

投稿: tomo | 2010.10.09 05:23

>tomp さん
女性の美についての話題は、1刻のうちに千里を走る---といわれるほどで、もっとも速いものの一つでしょう。

tomo さんのコメントで、鳥居丹波守の腰元衆から西丸の重職蓮の奥向き、本丸の幕閣の腰元衆、さらには大奥へと噂がひろがりそう---の着想が浮かびました。ありがとうございます。

ただし、ぼくはこれまで、大奥の勉強はしたことがないので、これからまた、しなければならないことがふえ、うれしい悲鳴?です。

お勝が忙しくなりそう。平蔵が尻にしかれなければいいのですが。

投稿: ちゅうすけ | 2010.10.09 06:46

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