鳥居丹波守忠意(ただおき)(4)
「〔化粧(けわい)読みいうり〕が、おなご向けの品草(しなぐさ 商品)のお披露目枠(広告欄)代でなりたっていることはわかった。ありきたりの引き札(広告チラシ)ではなく、美しくなる手立てというか、知恵を添えておるわけだな」
西丸・少老(しょうろう 若年寄)の鳥居伊賀守忠意(ただおき 61歳 壬生藩主 3万石)の言葉に、〔音羽(おとわ)〕の元締・重右衛門(じょうえもん 51歳)が、持ち前のやんわりした口調で応えた。
、
「お殿さま。〔読みうり〕が引き札と異なっておりますのは、知恵のこともありますが、引き札は只(ただ)で手わたされますが、こちらは銭をとっております。人は、只のものはぞんざいにあつかいますが、銭と引き換えたものは大切にいたします」
「いくらで売っておるのかの?」
「10文(400円)でございます。1軒の床店(たな)が100枚売ります」
「〆て、1000文=1朱(4万円)---」
「お殿さま。床店は仕入れの代金を1文も費(つい)やしてはおりません」
「そうじゃな、そういうのを、町方では、丸儲けというのであろう? はっ、ははは」
「恐れ入りましてございます」
「商人が金の力でことをはこぶ世の中になってきておりますから、利をあたえてやらないと従ってきませぬでしょう」
火盗改メ・組頭の土屋帯刀守直(もりなお 44歳 1000石)の代理で席にいる次席与力・高遠(たかとう)弥大夫(やたゆう 58歳)が割ってはいった。
「おっしゃることも道理です。もっとも、ものが見える町人は利だけでは動きませぬ。信用というもののほうを大切にいたしております。〔化粧読みうり〕のお披露目枠に載せる品にしても、元締衆は、意をつくして質をただして
おりまゆえ、人びとは安心してその品を求めております」
平蔵が元締たちの肩をもった。
平蔵のいい草は、3日とたたないうちに、配布元の元締衆全員につたわり、いっそう、品の質の吟味にはげむであろう。
載せているお披露目枠の商品の信用が、〔読みうり〕の記事の信用にもつながる。
壬生侯が古哲の言葉ょ暗誦した。
「人にして信なくんば、その可なるを知らざるなり」
(人間が信用をなくせば、どこにも使い道がなくなる。 宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫)
平蔵が応えた。
「利を放(ほし)いままに行えば、怨(うら)みを多くす」
(見さかいもなく利益を追求すれば、方々から怨まれる 同上)
重右衛門が和した。
「与(とも)に言うべくしてこれと言わざれば、人を失う」
(信頼のおける友人だと思ったら、次第に秘密のことも打明けるようにしなければ、逃げられる。 同上)
伊賀侯が笑い、〔越畑(こえばた)〕の常八(つねはち 25歳)が双眸(りょうめ)を見開ききった。
「〔音羽〕どん。これからも、ときどき、遊びにくるように---」
「ありがたき、お言葉」
【ちゅうすけ注】常八は、滞在を半年のばし、〔音羽〕の重右衛門の預かり人となり、学問塾で学び、宇都宮へ戻ってからも塾の師につき、〔釜川(かまがわ)〕の元締の支えとなったばかりでなく、組下の者たちにもしたわれた。
鳥居伊賀侯は、家基(いえもと)の歿後に西丸の主となった家斉のよき相談相手となり、平蔵を引きたて、家斉が本丸へ移るとその老職となり、平蔵に目をかけつづけた。
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