平蔵、西丸徒頭に昇進(5)
「鉄漿(おはぐろ)親、当ててみるぅ---?」
松造(よしぞう 34歳)の姉さん女房のお粂(くめ 44歳)か、〔箱根屋〕の権七(ごんしち 53歳)の連れあいのお須賀(すが 47歳)あたりしかおもいつかなかったが、奈々(なな 18歳)がわざわざ謎をかけるほどだから、きっと意外な人物にちがいなかろう、返事をひかえた。
鉄漿(おはぐろ)親とは、嫁入りとか成人したとかで初めて歯を染めるとき、手引きしてくれる先輩をそう呼んで敬した。
すでに桜色の短い閨着(ねやぎ)をまとった奈々は、片ひざ立てで股奥をのぞかせていた。
ふっくらと盛りあがっている秘部には、絹糸のような薄い陰毛が細い溝から離れ、数えられるほどしかついていない。
里貴(りき 逝年40歳)のそれになじんでしまっていた平蔵は、黒々とした密毛にはひるみ気味でさえあった。
平蔵がのってこないのにじれた奈々が、
「奈保(なほ 22歳)はんや」
「なほ? ああ、安っさんのご内室の---」
〔安っさん〕とは、里貴を診とってくれた医師の多紀安長元簡(もとやす 31歳)で、奈保はその若妻であった。
元簡と奈保の仲は、里貴がとりもった。
女躰に通じている〔安(やっ)〕さんは、里貴をひと目で〔好女(こうじょ)〕と認定した。
〔好女(こうじょ)〕とは、美人のことではなく、卑俗にいう「床(とこ)上手」のおんなの別称であった。
【参照】20121225[医師・多紀(たき)元簡(もとやす)] (5) (6) (7) (8)
「里貴おばはんの見舞いに、たびたび来ていたん」
気をゆるすと、紀州弁がでる。
それも愛嬌のひとつとして、平蔵は聞きながしている。
「奈保はん、17だったん---」
「なにが---」
「安先生を受けいれたん---」
「挙式の前に、〔好女〕かどうか、手ばやく診たてたんだな」
「だもんで、奈保はん、17歳でお歯黒---。うちも、17だったもん」
平蔵との最初の夜のことをいっていた。
【参照】2011年9月30日[新しい命、消えた命] (2)
「うちは、おじさんのもんや、と自分にいいきかすため、歯を染め眉をおとしたん」
「可愛いことをいってくれる---」
「里貴おばはんができへんかったこと、したいん」
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