« 平蔵、西丸徒頭に昇進(3) | トップページ | 平蔵、西丸徒頭に昇進(5) »

2011.09.05

平蔵、西丸徒頭に昇進(4)

天明5年(1785)が明けた。

平蔵(へいぞう)  40歳
久栄(ひさえ)    33歳
辰蔵(たつぞう)  16歳
津紀(つき)     2歳  
(はつ)      13歳
(きよ)      10歳
銕五郎(てつごろう) 5歳
(たえ)      62歳

月輪尼(がちりんに)25歳
奈々(なな)     18歳 


老中・田沼殿頭意次(おきつぐ 67歳)からの中屋敷への招きは1月14日の夕刻との案内がくるまで、のびのびにしていた先任の西丸・徒組の頭2人---

第3の頭 
 沼間(ぬま)頼母隆峯(たかみね 53歳 800石)
 天明2年(1782)4月1日 西丸書院番ヨリ

第5の頭
 桑山内匠政要(まさとし 61歳 1000石)
 安永2年(1773)8月8日 11番組徒頭(49歳)
 天明元年(1781)5月26日 西丸・5の組頭(57歳)

披露の招待宴をその前日の13日に行うことを決めた。
もちろん2人には、翌夕に田沼の中屋敷に呼ばれていることは伏せた。

会席は、紀州藩内貴志村育ちの若女将がやっている茶寮〔季四〕と告げると、2人とも先手組頭に栄転した万年市左衛門頼意(よりもと 67歳 1000石)から老中・相良侯が肩入れしている店と吹きこまれていたらしく、否やはなかった。

鍛冶橋下の供の者たちも同乗できた屋根舟には、さすがに驚いたようであった。

帰りは、桑山が三番町、沼間は新道一番町と、両者とも番町だから市ヶ谷門下まで同じ舟で送ると告げると、
「こころ遣い、助かる」

片や、招待主の平蔵が驚いたのは、眉をおとし、鉄漿(はぐろ)の奈々が出迎えたことであった。
齢以上に艶ぽっぽい演出であった。
初めて会う2人は気づいた気配がなかったが。

新任披露のあいさつが型どおりに終わると、さっそくに桑山内匠政要が、酌をした奈々へ話しかけた。
「紀州の生まれだそうじゃの?」
「あい。紀伊・那賀郡(すかこおり)貴志の荘でございます」
「おお、音韻の抑揚が、父母のそれと似ておる。久しぶりに聴いた」

奈々に酌をかえし、
「わしは、江戸でうまれ、紀州の地をふんだことがない。美しい山河と聴かされておる」
「去年は木綿が不作で、村々は困っているそうでございます」
「そのことよ。あちこちの国で不穏の動きを報せてきておるそうな」

桑山家は祖父が、吉宗(よしむね)の江戸城入りに従うように選ばれた紀州藩士の中でも最上位から4番目にあたるほどの名門で、その嫡男も小姓組番士として仕えていた。
それが政要の父であった。
したがって、目線はどうしても幕府寄りになった。

杯をおいた沼間頼母隆峯が話を引き継いだ。
「諸侯の中には、参勤の所要金がでなく、お上に延滞を願っているところも少なくないらしい」

沼間家も家柄は古くはあるが、信長、秀吉を経ての家康づかえだから主流とはいえず、どこか醒めていた。、

「不穏な動きに備え、ご重職の方々は、警備の手当てを構じておられるとか」
「米の買占め、売り惜しみがつづけば、当然、起きましょうな」
「その時、西丸のわれら徒組にも鎮圧出動の布告がきましょうや?」
「備えだけはしておかぬとな」

客人2人の会話に、平蔵は与(くみ)せず、黙って聴いていた。
それというのも、9年前の将軍家の日光山参詣のおり、警備のことで思いついた、麦畑の畝を道に対して丁字形にと提案し、沿道の村人たちに大きな労役を強いることになった経験から、村方の負担を増す話にはのれなくなっていた。

参照】2011年4月20日[火盗改メ増役・建部甚右衛門広殷] (

それと、も一つ。
仮に出動したとして、鎮圧する相手は武器刀剣をもった敵方の将兵ではなく、暴徒といっても無宿人やあぶれ人であろう、赤子の手をひねるようなものだ。

酒が終わって料理になったところで、平蔵が手水(ちょうず)を使うふりで立つと、ぬかりなく奈々が、
「こちらでございます」
みちびいた。

声が聞こえないところで、
「〔鈴木越後〕の菓子折りはととのったか?」
「はい。三ッ目ノ橋通りのお屋敷の分も---」
ちろりと舌を見せた。

当時、役職就任披露宴の手みやげに持たす、本町の菓子補〔鈴木越後〕の折詰は1両(16万円)近くしたとの記録がのこっている。

「鉄漿(おはぐろ)親は誰だ」
「あとで、家(うち)で---」
平蔵の胸をぽんと叩いて座敷へ戻っていった。

_360
_360_2
(桑山内匠政要の個人譜)

|

« 平蔵、西丸徒頭に昇進(3) | トップページ | 平蔵、西丸徒頭に昇進(5) »

001長谷川平蔵 」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 平蔵、西丸徒頭に昇進(3) | トップページ | 平蔵、西丸徒頭に昇進(5) »