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2011.10.21

奈々の凄み

「21日のご帰館は、向柳原か、それとも数寄屋橋内のご役宅でしょうか?」
用部屋の手前の控えの間で、平蔵(へいぞう 40歳)が西丸の少老(若年寄)・井伊兵部少輔(しょうゆう)直朗(なおあきら 39歳 与板藩主)へ伺った。

2月21日の宵、かねてから申しわたされていた茶寮〔季四〕での会食の日取りが決まった。
参会するのは、井伊侯がとりわけ親しくしている 高崎藩主・松平右京亮輝和(てるやす 36歳 8万2000石)と佐倉藩主・堀田相模守正順(まさなり 41歳 11万石)の両寺社奉行であった。

武州・百草(もぐさ)村の松蓮寺の大和尚の縁者の児(こ 6歳)の行く方(かた)しれずの事件が片づいたら---という約束になっていた。

事件は意外な捕り物となったが、盗賊たちのほかには罪人をださずにすませた。

若年寄が帰宅先を訊いた真意を質(ただ)した。
佐倉侯高崎侯も、[季四〕へのお越しはお駕篭でしょうが、お帰りは屋根船を手配するつもりでおります。
佐倉侯の藩邸は大川べり浜町、高崎侯は鍛冶橋か数奇屋橋ですが---」
「分かった。向柳原なら神田川、役宅なら京橋川と申すのじゃな?」
「御意」
「京橋川にいたす」


奈々は、その夜のために、円卓を用意していた、
床の間の前に屏風を立て、上座、下座がないようにもこころをくばった。
3侯もこだわらなかった。

座が決まったところで、冷えた松の実の粥がでた。
「ご酒の前に、胃の腑(ふ)を松の清い脂でお護りいただきます」
「ほう---」
若い大名たちは珍しがった。
「初めて口にする---」
「香ばしい薫味は松の実かの?」

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(松の実粥 4人前 ちゅうすけ夫人調理)


「あい。朝鮮松の実でございます」
「この、重湯の上に浮いている黄色い実がそうかの?」
「あい。朝鮮松の実は細長く、唐土のものは丸みが強うございます。粥にも50粒ほどをすりつぶしていれております」
「どこで手に入るのかな、対馬あたり---?」
「いえ。紀州の貴志村で育てた朝鮮松から採りました」

「紀州でも育つとなれば、高崎でも育ちそうだな?」
相良のお殿さまにお訊きくださいませ」
「なるほど、珍味だ」
「ありがとうございます」

次に 折った松葉を数本浮かせたマッコリが大鉢で、チヂミとともに供された。
小さな柄杓がついており、
「お殿さま方は、普段は自らお盛りなることはございませんでしょうが、今宵はしもじもへおくだりになったおつもりで、ご自分でお召しになる量だけお汲みなさいませ」
「濁り酒か」
「米と小麦粉を麦麹で醗酵させました」

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(マッコリ 1人前 韓国家庭料理〔松の実〕提供)


「女将が、か?」
「いいえ。紀州の貴志村から参っております板場の者の手づくりでございます。ただし、ふだんは造りませぬ、今宵かぎりでございます」
「かまわぬ。密造を呑んだわれらも同罪じゃ」
「は、はははは」
侯たちは、子どもにかえったようにはしゃいでいた。

九節板(クジョルバン)という野菜と錦糸卵の具材を、中央に重ねてある薄い衣にとり自らの手でくるんで口へはこぶ料理も喜ばれた。
手なぐさみがたのしくてしょうがないふうであった。

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(クレープ包み クジョルパン(九節板)〔松の実〕製)


長谷川うじ。こんどは室をつれてまいりたいが---」
「すこし早めにお申しつけください。ここは、普段は茶寮で、このような朝鮮料理は手前も初めてでした」

「女将どの。今宵の1人あたりの席料はいかほどかな。藩の勘定方がうるそうてのう」
「別室で同じものを召しあがっていらっしゃいますお供の方の分もふくめまして、ご一藩、3朱(3万円)ほどかと。お帰りのお船は別勘定でございます」
「ほう、それでやってくれるのか---」

長谷川さまのお仲間ということで---特別奉仕でございますゆえ、ほかさまへはご内密に---」
「これ、女将。お仲間などと、とんでもないことを---」
「よいよい---は、ははは」


ちゅうすけ注】
韓国家庭料理の店〔松の実〕 新宿区神楽坂4-2 電話3267-1519

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147里貴・奈々」カテゴリの記事

コメント

わあ、奈々ちゃんの朝鮮家庭料理だ!
当時の江戸では珍しいから、お殿さまがたもお喜びだったでしょうね。
池波先生のうまいものとは、また、ひと味違ったうまいものですね。
だんだん、ちゅうすけさんの鬼平になっていく感じ。

投稿: tomo | 2011.10.21 05:39

撮影にご協力いただいた「松の実」店へは10年以上、通っています。もっとも、最近は外食を極力減らすようにしているので、久しぶりでした。
メニューが変わり、「白胡麻粥」になっていたで、松の実を成城石井で買ってきて、わが家製としました。

投稿: ちゅうすけ | 2011.10.21 14:34

松の実粥が酒から胃壁を守るという奈々さんの説明を読み、強く興味をもちました。じつは私、お酒好きなのです。つくってみたい。韓国松の実が成城石井で手に入ることはちゅうすけさんのレスでわかりました。あとはつくり方です。ちゅうすけ夫人さん、ご伝授いただけましょうか?

投稿: tsuu | 2011.10.22 06:10

>tsuu さん
ようこそ、お越しを。
ちゅうすけ夫人が〔松の実〕店の女将さんから聞き、参考書を加えて作ったレシピは以下のとおりです。

研いでよく水を切った米と同量の松の実に2倍の水を加え、ミキサーにかけて粉砕。土なべに移し、少量の塩を添え、かきまわしながら弱火で20分ほど煮る。とろみがでたら(一人前)飯茶碗量に数粒の松の実を散らして供する。

多い目に作り冷蔵庫に保存、晩酌前に毎度供する。

保健食品でもあります。

投稿: ちゅうすけ | 2011.10.22 08:38

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