« 不穏な予感(4) | トップページ | 不穏な予感(6) »

2012.01.12

不穏な予感(5)

「『(ごう)、もっと剛(つよ)』は、西駿河の嶋田宿の本陣〔置塩(しおおき)〕の若女将・お三津(みつ 25歳)どのから提案があり、おのおの方の賛同と援助、躋寿館(せいじゅかん)の多紀元簡(もとやす 31歳)先生、編輯手配の手練(てだ)れの〔耳より〕の紋次どの、そのほか大勢の熟達職人衆の手伝いにより、みごとに花が咲き、これから末ながく実を収穫させてもらえることとなった。
まずはめでたい。

先刻、嶋田宿の若女将・お三津どのからの文にもあったように、『もっと剛』が高い人気で受けいれられたことに気をよくし、西駿州あたりの元締衆のなかには、もっと多く注文しておくのであったと悔やんでいる向きもあるようだが、あらためてはっきり申しあげておく。

いかなる要望があろうと、『もっと剛く』の刷り増しは、断じておこなわないし、おこなってはならない。
理由は、おのおの方の身を護るためである。

なにから---?
ご公儀からである

なぜに---?
淫猥な刷り物を板行・販売したという罪で。

どこが淫猥か---?
そんなところはただの一行もない。

しかし、淫猥かそうではないかは、ご公儀の判断によるのであって、われわれの思惑ではない。

いまの田沼主殿頭(とのものかみ)さまの治下であれば、『(ごう)、もっと剛(つよ)』は淫乱の書ではなく、医学の見地から書かれた人びとにしあわせをひろめる性の手引き書、とまごうことなく、みなされる。

しかし、性は子孫を得るためだけにおこなうべきで、楽しみのためにおこなうのは無駄であるとか、不埒であるとかかんがえる仁が公儀の上ッ方にお立ちにならないともかぎらない。

硬(こう)のあとに柔(じゅう)、暖(だん)の次には寒(かん)のお仕置き(政治)がくるのは、これまでの経緯(ゆくたて)が語っておる。

有徳院殿吉宗)さまの倹約政治のあとは、田沼さまの商売奨励の世であった。

相良(さがら 田沼)侯はすでに67歳であり、その出頭ぶりを快くおもってはおらぬ大・小名、幕臣の方々も少なくはないように感じる。

明るい舞台の傍らの薄暗い袖で、緊縮が出番を待っていることであろうよ。

上が質素・清浄をいえばへつらう下は、障子の桟のほこりにまで目を光らせて手柄にするのが役人という生きものの根性でもある。

在方につづいておる米の不作のうらみつらみのはけ口の的が、性の享楽を描いている書や絵にも向かないという保証はない。

(ごう)、もっと剛(つよ)』が大手をふって世間を歩けるのは、あと、半年とみきわめておかれい。

廻り貸し本屋が買い戻す『もっと剛く』の売り廻しは2度目までと申したのは、半年のうちならお咎めがはじまるかなり前とであろうと見こんでのこと。

だが、くばり売りしている漢方の八味地黄丸(はちみじおうがん)と当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、だれがみたって躰のための生薬であって、ご公儀のいう淫猥にはまったくあたらない。

そのことは、すべての漢方医が証言してくれよう。
そのうえ、われに妙案が一つある---」

聴きいっていた者が、さらに聞き耳をたてた。

|

« 不穏な予感(4) | トップページ | 不穏な予感(6) »

001長谷川平蔵 」カテゴリの記事

コメント

ちゃうすけさんが元コピーライターで、東京コピーライターズクラブからずっと前に名誉の殿堂入りをなさっていたことは承知していますが、このブログでつぎつぎとアイデア商品をお生みになったり、ネーミングをなさっているのを読むと、なるほど、力のあるコピーライターって、単に文章が書けるのではなく、アイデアが豊富な人なんだなあと感心しています。どうすればアイデアが湧くのでしょう?

投稿: 文くばりの丈太 | 2012.01.12 09:21

>文くばりの丈太 さん
アイデアのことについては、別のブログで毎日、書き続けて4年を過ぎました。ここで簡単にすますより、ブログをごらんください。世界一流のクリエイターたちの努力の結果から気学べます。http://d.hatena.ne.jp/chuukyuu/

投稿: ちゅうすけ | 2012.01.12 09:39

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 不穏な予感(4) | トップページ | 不穏な予感(6) »