不穏な予感(6)
「妙手・奇策と申すのは、くばり売りする八味地黄丸(はちみじおうがん)と当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)を詰めた袋に、いまの躋寿館(せいじゅかん)謹製に代えて、 医学館(いがっかん)謹製の文字を入れる」
平蔵(へいぞう 40歳)の言葉の意味が、みんなのみこめないようであった。
「長谷川さま。医学館と申しますと、何やら学問所のような臭いがいたしますが---?」
代表して〔音羽(おとわ)〕の元締・重右衛門(じゅうえもん 58歳)が訊いた。
「おう、学問所と推量しただけでも重右衛門どのはえらい。しかしな、躋寿館(せいじゅかん)もじつは医者たちの学問所ではある。多岐(たき)家はそれを幕府の医学の学問所---そうじゃ、医者たちのための湯島の聖堂としたいと願ってな、なんども申請をあげておる」
そのことを平蔵は、多岐安長元簡(もとやす 31歳)からぼやかれていた。
許可が遅れている事情を平蔵がそれとなく打診すると、ほかの典医たちの妬みjまじりの反対が強いからだと、老中・田沼意次(おきつぐ 67歳)が苦笑まじりに打ちあけてくれた。
「そうしますと、医学館(いがっかん)謹製という文字を八味地黄丸の袋へいれておけば、ご公儀が医学館をお認めになったあかつきには、わっちらがくばっている八味地黄丸や当帰芍薬散はご公儀が認可なされた生薬ということに---?」
「そうなるな」
「そいつは豪儀だ」
嘆声は〔箱根屋〕の権七(ごんしち 53歳)であった。
「お医者さまの湯島聖堂ともいえる医学館の謹製を、認可後にも使わせてもらえますかね?」
〔耳より〕の紋次(もんじ 42歳)の疑問ももっともだ。
「袋の医学館謹製の文字のうえに小さく天明5丙申年とだけ刷っておき、ご公儀が気がついたら、ご認可前の刷りこみでといいぬける。不都合なら消しますとそのときになって応じればいい」
平蔵のこういう図太(ずぶと)さが、反平蔵派に〔山師〕との蔑称をいわせたゆえんかもしれない。
『よしの冊子』などに〔山師〕と書かれているところは、「アイデアマン」「先駆馬」「新し取り人」「超常識派」とでも読みとばしておけばいい。
「病気は気から---ともいうではないか。なにの萎(な)えも、多くは齢だからといった思いこみとか、いちど早漏して相方の不満をかったことがこころの傷となって尾をひいているのかもしれない。それには、ご公儀公認ともいえる医学館謹製の5文字は、薬以上の効果をもたらそうよ」
「そうなると、効いた、効いたの巷(ちまた)の声が効き目を倍加させますな」
黒舟に送られて菊川橋のたもとから三ッ目通りの屋敷までの暗い道を歩ゆんでいる平蔵には、さっきまでの磊落さはみじんもなく、深い不穏のとりこになっていた。
「田沼さまは67歳」という自分の言葉に触発された不穏であった。
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