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2012.01.08

不穏な予感

「出足はいかがかと案じておったが---」
呼びかけに応えて顔を見せたのは、香具師(やし)の元締衆の中でも平蔵(へいぞう 40歳)がとくに頼りにしている仁たちであった。

音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 58歳)と嫡子の祇右衛門(ぎえもん 23歳)。
江戸一番のシマ---浅草・今戸をとりしきっている〔木賊(とくさ)〕の2代目の今助(いますけ 38歳)。
両国橋の西の広小路の〔薬研堀(やげんぼり)〕のところの小頭・〔於玉ヶ池(おたまがいけ)の伝六(でんろく 47歳)
深川一帯をおさえている〔丸太橋(まるたばし)〕の娘婿の雄太(ゆうた 47歳)
品川の〔馬場(ばんば)の2代目・五左次(いさじ 25歳)

それに、版元になっている〔箱根屋〕の権七(ごんしち 53歳)と、仕切り人の〔耳より〕の紋次(もんじ 42歳)。

場所は橋場の〔銀波楼〕---そう、今助の齢上の女房・小浪(こなみ 45歳)が女将におさまっている料亭であった。

香具師の元締ともなれば、妾の一人に料理茶屋の一軒くらいはやらせていようと平蔵が気をまわし、月番のように世話役を廻りもちにきめたのである。

声をかけたのは、別刷『(ごう)、もっと剛(つよ)』を500冊ずつ引きうけた5人だけであった。
300冊組も呼ぶとどうしても引け目を感じるだろうから、これは商売がらみの相談だし、そっちはそっちで集めればいいと割りきった。

珍しく雄太が口火をきった。
「荷がとどく前に、5人の廻り貸本屋に話しを通しておきやした。ところが、いざ現物を売らせてみると、あと3人の貸本屋が仲間にくわえてほしいといってきやした。今日までの20日間に、8人が売り上げた『(ごう)、もっと剛(つよ)』は240冊でやす}

8人の廻り貸し本屋で240冊さばいたということは、1人あたり30冊、貸し本屋側の1冊の利幅は14文(520円)だから30冊で420文(1万6800円)の増収になっている。
(悪くはないが、廻っている戸数は1日30軒か40:軒で5日ごとに一巡として150:軒のお得意。うち、60軒に『(ごう)、もっと剛(つよ)』を売ったら、半値以下で買いもどして次の家へ6掛けですすめる知恵をつけてやらねば)

しかし、平蔵の口からでたのは、
雄太どん。狙い目の生薬(きぐすり)のほうは---?」
「男のための八味地黄丸(はちみじおうがん)が63口、おんな用の当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)が80口でやす」
笑みをこらえながの雄太の報告であった。

八味地黄は30日分、毎食前に8粒ずつで日に24粒、720粒で180文(7200円)だから、常用するほうは2日で12文(480円)の生計(たつき)の費(つい)え増。
(つづけられるのは3人1人とみておくほうが無難であろう)

もっとも、廻り貸本屋のほうは八味地黄丸による、目の前にぶらさがっている1件あたりの利幅1割4分の25文(1000円)に目がくらんでつづけられるのは3人1人くらいとは気がつくまい。
(まず、漢方は2ヶ月以上つづけないと効き目があらわれないと告げさせよう)

雄太どん。お披露目枠を買ってくれた薬種(くすりだね)問屋〔久保田屋〕では、客の様子は---?」
お筆(ふで 44歳)の名はわざととぼけてあげなかった。

「そこまでは気がまわりませんで、申しわけねえです」
その言葉を引きとるように、〔馬場五左次が手をあげた。

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001長谷川平蔵 」カテゴリの記事

コメント

お初にコメントさせていただきます。自称伊三次です。密偵の伊三次が好きなもので。
鬼平ファンの友人からこのブログを紹介されました。
まず、密偵の伊三次を検索してみたら、なんと、ちゅうすけさん、東海道の関宿まで取材されているではないですか。伊三次が育てられた女郎屋の写真まであり、びっくりしました。
これは、なまなかなブログではないなと、感じいりましたから、これからは毎日拝見します。
先輩のみなさん、どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: 伊三次 | 2012.01.08 06:12

>伊三次 さん
ようこそ。何年前ですが、伊三次の足跡を調べたことがあります。関宿の項で書きましたが、伊三次が一度だけ『泥亀』の篇で〔朝熊(あさくま)〕と呼び名を名乗りました。それで関宿から近い伊勢の〔朝熊神社〕にも詣でました。
そうそう、伊三次は、木村忠吾の家の菩提寺---目黒の威得寺に葬られましたが黄檗宗のこの寺は、明治の廃仏毀釈で廃寺となりました。遺物をひきとったのt@白金の瑞聖寺で現存しています。
きょうは、静岡市の「鬼平教室」への出向日なので、まもなく新幹線なのでこれで。また、コメントください。

投稿: ちゅうすけ | 2012.01.08 07:42

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