松代への旅(14)
「手習いどころから三味線のおっ師匠(しょ)さんのところでもいっしょだった同(おな)い齢で仲よしが6人いたの」
深谷宿(ふかや しゅく)を六ッ半(午前7時)発(た)った。
4里19丁(18km)の高崎城下に陽が高いうちに着きたいという平蔵(へいぞう 40歳)のいい分を汲んでの早発(はやだち)であった。
松造(よしぞう 35歳)はあいかわらず5,6歩さがってついてきていた。
お江(こう 18歳)の口調は2夜つづけて同衾(どうきん ?)しただけですっかり馴れなれしい。
平蔵が交わりをしたとおもいこんでいるからであった。
時刻が早いというのに、今日も残暑がきびしそうであった。
幅6間(10m)の中山道は白く乾ききっていた。
「6人のうち、2人が嫁にいってしまい、おしゃべりの集まりにはなかなか寄ってこれないの。まだの4人のうち、2人はもう男をしってるっていったけど、こんど集まったら、私もしったっていえる」
「お江。おことたちは町むすめゆえ、男とのこともあからさまに話しあうのであろうが、武家のむすめは、そういうことは打ち明けたりはしないものだ」
「なんで---?」
「はしたない、といいきかされておる」
「男とおんなが結ばれるのが、どうしてはしたないことになんの?」
松並木の長い影はあいかわらず濃かった。
「そのことは、秘めごとという言葉もあるとおり、当の男とおんな---2人だけの秘密なのだ。だから他人にあからさまに漏らすことは、作法に反するはしたないこととされておる」
「ふーん」
「お江。おことの相手のわれは1000石格の直参の武士であるぞ。そのわれと寝たことは武家の作法にしたがってもらわないと、われの体面にかかわる」
鳶が青い空にゆるい輪を描いている。
「そうか---そんなら、男に抱かれたとだけ告げて、お頭の名をださいのは、どう---??」
「それも、口にしないほうが好ましい」
「でも、私だけが遅れているみたいで、くやしいもの---」
行きちがった旅人たちは、中年の武家と連れの揚げ帽子ながら若い町むすめとの組み合わせに好奇におもいなずら見ないふりをそおって通りすぎていく。
「男と寝たことなどを競いのタネにしてはいけない」
「でも、男に声をかけられないのは、いいおなごでないからだと、町むすめたちは決めてるよ」
「お江は、まもなく江戸で修行する身ではないか。それだけでも自慢できるすごいことだ」
「そうだね---}
まだ納得がいかないといった風情の相づちであった。
(男とおんなの躰が交わる生ぐさいことの現実をまだしらないのだから、それだけ、おぼこく、いとおしい)
こういう、一拍ずれた会話は、奈々(なな 18歳)とも楽しんできていた。
年代の差からくるのか、育ちのちがいによるものなのか。
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