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2012.04.03

鎖帷子(くさりかたびら)あわせ(4)

松造(よしぞう 35歳)。10日もつきあわせてすまなかった」
「なにをおっしゃいますか」
「お(くめ 45歳に謝っておいてくれ」

組下の全員を10組に別けての10日間にわたった懇親の宴が終わった。
最後の組――書き留め方与力・服部儀十郎(ぎじゅうろう 43歳)、廻り方同心・岡 勇右衛門(ゆうえもん 36歳)ほか2名を酒亭〔ひさご〕の前で見送った平蔵(へいぞう 41歳)は、大きく背伸びしてから松造をいたわった。

松造は、菊川橋から10歳齢上のおが待っている框寺脇の家まで帰る。
むすめのお(つう 19歳)が去年嫁にいって出ていったのでいまはおと2人きりの所帯であった。

「やっと新婚気分だって、のやつが……」
「声がだせるか。いっしょになって10年後に新婚気分――とは、しゃれた夫婦(めおと)だ」
平蔵松造の仲は遠慮がない。

「われのほうも10日も沙汰していないのでむくれていよう。亀久町をのぞいてから帰る」
「お気をおつけになって……」
「爪跡をか? それはあるまい」
「なんでしたら、手前がひとっ走りして先触れを……」
「あとでおに爪を立てられてはかなわぬ。は、ははは」

板戸を3つずつ3度叩き終わらないうちに心張り棒がころがる音がし、戸があき、単衣(ひとえ)の地味な寝衣の奈々(なな 19歳)が飛びついた。
受けとめ、豊満になってきている尻をなぜ、
「痩せるほど待ちこがれていてくれるとおもったら、逆に肥えたか?」
「やけ食いしたんよ。ふ、ふふふ」
「は、ははは」

「今宵あたりやとあたりがついたよって、お(くら)婆ぁさんに鯵(あじ)のたたきをつくっといてもらったん」
平蔵が見とれている前で素裸になり、手早く腰丈の閨衣(ねやい)に替えた。
「時刻が時刻ゆえ、ゆっくりもしておれないが、せっかくだから、たたきをつまんで帰るとしよう」

膳をならべかけて、
「鯵は明日、野良猫にやったかてかめへんけど、うちは鯵ではおさまらへんえ」
「いや。猫には気の毒するが、両方いただこう。そのつもりで、〔ひさご〕では酒も料理もひかえめにしておいた」
「せやけど、男ばっかり相手に、よう、10晩もつづけはりましたなあ」

「男の話には、女にない妙味もある---」
片口から小ぶりの2ヶの茶碗に冷や酒を注いで、一つをわたし、
「飲んで、食ろうて、寝るだけのことに、男もおんなも変わりはあらへんおもうけど---」

「女はいっしょに飲み、いっしょに食い、寝て躰をあわせれば信じあえるが、男はそうはいかない。男には権力欲の強いのもおるので、尻についている尻尾まで見せあわないと信用しない」
「あ、それでおもいだした。於佳慈(かじ 36歳)はんが、ちいと涼しゅうなっら、宵の口にてせも、2人で茶ぁ飲みにこれるかいうてきはったよって、あがらしてもらうて、返事しといた」

佳慈は、田沼意次(おきつぐ 68歳)の木挽町(こびきちょう)の中屋敷をとりしきっている侍女であった。

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