鎖帷子(くさりかたびら)あわせ(3)
「お頭(かしら)---」
徳利を平蔵(へいぞう 41歳)へさしのべたのは、40なかばの同心であった。
「おお、細井彦二郎(ひこじろう 43歳)。むすめごたちは息災かな?」
酌を返しながら平蔵が何気なく訊くと、同席の2人の同心の動きがとまった。
「はい。いたって息災であります」
「たしか、上は17、下は15歳であったな」
「お覚えおきいただき、光栄でございます。このこと、さっそく、むすめたちへ話してやります」
身上書に、姉は三津(みつ)、妹は麻女(まめ)とあったので、ふと、嶋田宿の本陣・〔中尾(塩置)〕のむすめで出戻りの若女将・お三津(みつ 22歳=当時)と閨ごとにはまったことをほろ苦く追憶しついでに記憶しただけであった。
細井同心のところの17歳のお三津はむすめ盛りとはいえ、まだ男を夢みている清純な生むすめであろうが、嶋田宿のお三津のほうは熟しきる前の芳醇な躰であった。
【参照】201154[本陣・〔中尾〕の若女将お三津] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
「じつは、婿を迎える前の行儀作法を、できますことなら、お頭の屋敷で仕込んでいただければとおもいまして---}
「これ、細井。かような席の話題でないぞッ」
あわてて与力の幸田市太郎(いちたろう 40歳)がたしなめた。
お三津は、目白台の先手3組の組屋敷のおんな連の中では随一の美形との評判であった。
もっとも、与力の邸宅30棟、同心の家が90軒ではあるが、そこは武家屋敷、おんな連が一堂に会することはないから公平に審判がなされての査定ではなく、出入りのご用聞きなどの噂が火の元ではあったが---。
噂はそれとなく同心たちの耳にも入っていた。
細井の願いごとに、
(あわよくば、お頭のお手つきを狙っているな)
しかし、組頭の手がついても、玉の輿というわけにはいかない。
むすめのお蔭で、30俵2人扶持の義父の同心から350石の与力に引きあげられることは、まず、ありえない。
同心に嫁いだときより、側女としてのほうが、せいぜい、身辺が華やぐだけのことであろう。
「奥向きのことは奥にまかしておるのでな。こればかっりはわれの手にあまるゆえ、望みをかけないでいてもらいたい」
にこやかな平蔵のゆったりとした口調に、幸田 与力も安堵の面持ちであった。
しかし、平蔵の思惑はそうではなかった。
組の不和の火種の一つが転がりこんだというおもいであったが、その場では平静におさめた。
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