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2012.06.04

平蔵、初仕事(3)

浦和宿の本陣〔星野〕に着いたのは、七ッ(午後4時)ちょっと前であった。
師走とはいえ、七ッはまだ陽がある。

平蔵(へいぞう 42歳)の部屋へ集まり、分担をきめた。

これから賊に襲われた酒問屋〔大調(おおづき)屋〕卯右衛門方で主人ほかから当夜の次第を訊きとるのは、次席与力・小島与大夫(よだゆう 38歳)と同心・高井半蔵(39歳)。

近所での〔大調屋〕の評判をあつめるのは〔麦塚(むぎづか)〕の瀬兵衛(せべえ 42歳)。

陣屋と問屋場でここ数ヶ年の盗難を聞きだすのは鈴木重平太(じゅへいた 26歳)。

すべての旅籠で事件当夜の宿泊人を調べるのは〔南百(なんど)〕の駒蔵(こまぞう 36歳)が上手(かみて)から、下(しも)からは〔越生(おごせ)〕の万吉(まんきち 23歳)。

当時の中山道での上(かみ)下(しも)は、京都寄りが上、江戸よりが下ときまっていた。

「われは松造(よしぞう 36歳)とちょっと内密の用事があるので出かけるが、1刻(2時間)後の六ッまでには戻っておる。夕食はここで。高井鈴木は脇本陣へ。密偵たちはふつうの旅籠(はたご)をとるように……」

それぞれが散っていくと、平蔵は着流しに着替え、ひと筋西、玉蔵院門前のしもうた屋を訪(おとの)うた。
刺を通すと、お(こう 20歳)がころげるほどのあわただしさで玄関口へあらわれた。
平蔵に抱きつかんばかり寄りそい、腕をにぎり 、
長谷川さまですね? ほんとうに平蔵さまですね?」
引っ張るように奥へいざない、
「元締。長谷川さまがお見えになりました」

白幡(しらはた)〕の元締・長兵衛(ちょうべえ 50歳)は落ち着いて迎え、
「封簡は昼ごろに落手いたしやしたが、こんなに早くお越しとはおもってもおりやせんでした。ま、お席へどうぞ。その節は、おがすっかりお世話になりました」

「こんどは、われのほうが世話をかけます。書簡にも書きましたが、本通の〔大調屋〕酒店の事件をわれの組が突然に担当する羽目になりましてな。元締のお力を借りなければ、われの初仕事が実をむすびませぬ」

「で、どのようなことをいたしやしょうや?」
「配下の方々の耳に、この15年がほどのあいだに人別を捨てて無宿になった者の噂が入っていたら、教えていただきたい。決してこちらにご迷惑がおよぶようなことにはいたしませぬ」
「あすにでも、みなの衆に問いあわせてみやしょう」

「もう一つ。〔大調屋〕から5丁四方の町内になにを生業(なりわい)をしているかわからないのに、けっこうな暮らしぶりをしている者があったら、教えていただきたい」
「わかりやした」

「つぎのこれは、役目の上のことではありませぬ。われひとりにかかわることなのですが、この宿場から出て行き、なん10年かぶりに戻ってき、療養なりなんなりをしている者がいたら、名前、齢、風体を教えていただきたい」
「そんな人、一人、しってる!」
が叫ぶように声をあげた。

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