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2012.06.03

平蔵、初仕事(2)

本郷追分の酒店の前では、見送りの筆頭与力・(たち) 朔蔵(さくぞう 32歳)のほかに、6人ばかりが平蔵(へいぞう 42歳)を待っていた。

与力
次席・小島与大夫(よだゆう 38歳)

同心
 留め方・高井半蔵(はんぞう 39歳)
 廻り方・鈴木重平太(じゅうへいた 26歳)

密偵
 〔麦塚(むぎづか)〕の瀬兵衛(せべえ 41歳)
 {南百(なんど)〕の駒造(こまぞう 36歳)
 〔越生(おごせ)〕の万吉(まんきち 23歳)

密偵は、埼玉郡(さいまたこえおり)まわり育ちの者がえらばれていた。

顔なじみではあったが、どのような経緯で密偵になったかについては、平蔵はこの旅の宿で聴きとるつもりであった。

松造(よしぞう 36歳)と〔何百〕の駒造がなにやら親しげに言葉を交わしているのを視野の片隅にいれながら、
筆頭に、
「なにかあったら、本陣の〔星野〕へ遣いをよこすように……」
「承知いたしました。お早いお帰りをお待ちしております」

駒込片町で、
「白山神社へ武運を祈っていこう」
左の参道へ折れて広い境内へはいった。
樹木が多く、人目から隠れた。

なにごとか祈願しおえると、
「これから先は別かれて道中し、浦和の本陣で七ッ(午後4時)に落ちあう。まず、小島与力と瀬兵衛が先発せよ。板橋の茶店で行きあっても、言葉をかわしてはならぬ。二番手は高井と万吉。われと松(よし)の後駆(しんがり)を鈴木と駒蔵がおさえよ。では、気をつけて行け」

白山神社から浦和は、戸田の渡しをいれて4里30丁(19km)ほどであった。
板橋宿で茶、蕨(わらび)宿で昼をとっても、七ッ前には浦和宿にはいる。

平蔵松造にしてみると、4度目の往還となった。

駒造とはどういうなじみだ?」
「発覚(ばれ)ましたか。甲州路でちょぼをやっていたころの知りあいです。殿が火盗改メにお就きになったとき、ご門のところで出会い、駒蔵が密偵になっている運の不思議を知りました」
「だれの手先と申していたかな?」
「同心筆頭の厨子敬太郎 けいたろう 40歳)さまの手先だともうしておりました」
「ふむ」

板橋宿の先の小豆沢(あずさわ)村で、平蔵が小豆沢神社の椎(しい)の巨木の霊力をいただいて行くといい、右におれた。
巨樹は、大人3人が手をつないでやっと指先が触れあうほどの太い幹であった。
幹に両掌をびったりとつけ、目をとじ、なにごとが口のなかでつぶやいていたが、双眸(ひとみ)がひらいたときは、雑念がすべて散り落ち、さばさばした面持ちで、
「3日がうちに片がつくぞ」
松造にささやいた。

ふだんから神仏をないがしろにはしない平蔵を見てきた松造であったが、今日はとりわけ鬱積でもあるのか、白山神社で永くかしずづいたり、小豆沢神社では椎の巨樹から力をさずかったりで、ちょっと気になっので、
「小豆沢って社号は、村名からきたのでしょうか?」
別のことに託して訊いた。

「いいづたえでは、平将門がこのあたりを押領していたころ、貢ぎ物の小豆(あずき)を積んだ舟が神社の下、荒川の入江で沈んだのが村名になったということだ。村人たちが引き上げた小豆で牡丹餅でもつくって祝ったのであろうよ。験(げん)のよい社号なのだ」

中山道へ戻った平蔵は、昨夜おそく、白石恭太郎(きょうたろう)同心から、埼玉郡(さいたまこおり)にかかわりのある盗賊は、〔墓火(はかび)〕の秀五郎(ひでごろう 70歳近い)老首領のみとの報告をうけていた。
それで、20年近くも前の事件を反芻しながら、浦和へ向かっていた。

参照】2008年3月23日~[〔墓火(はかび)〕の秀五郎] () () () () () (

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