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2012.06.05

平蔵、初仕事(4)

「元締の本貫(ほんかん)が、ここから下(しも)寄りの白幡村だってことは、長谷川さま、ご承知ですね?」
「知っておる」
(こう 20歳)の問いかけに、平蔵(へいぞう 42歳)がうなずいた。
母親が高麗系の血をひいているといっていたから、本貫という言葉も素直に聴けた。

「焼き米坂のあたりであろう?」

438_300

焼米坂の店 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)

「はい。その人が死の国からのお迎えを待っているのは、あたしと手習い所がいっしょだったお(よし)ちゃんの実家なんです」
「お……?」
「ごめんなにさい。おちゃん、お嫁にいって子持ちで……」

の話は枝葉が多くてなかなか先へすすまない。
要点をかいつまんで記す。

小作農家であるおの実家に1年前、70歳がらみの老人がやってき、50両(800万円)というお金をさしだし、いまの家族は知らないだろうが、55年ほど前にこの家の暮らしがきつくて家出した、三男の秀太(しゅうた)と名乗り、川越の蔵元でずっと働かせてもらい、これだけのものを貯めこんだが、寄る齢なみには勝てない、死ぬなら生まれた村でとかんがえ、帰ってきた。裏の納屋にでもひと部屋建て増し、そこで死なせてもらえないだろうか。50両はその建て増し費用と3年間の食事代と身のまわりの世話賃として修めてもらいたい。余った金はこの家で好きなように使ってもらえばいい。
別に10両を葬式・お布施として預けておくと申し出た。
村の古老に確かめると、秀作という三男はたしかに家出したと証言された。
で、その秀作じいさんは半年前から胃の腑に悪いものができたらしく寝込んでいると。

「おどの。そのご老躰に、明日の朝方にでも会えるように手くばりしてもらえないかな? われのほうから見舞いに参じる」

長兵衛(ちょうべえ 50歳)元締が末むすめのおに酒をいいつけると、今宵は本陣に配下の者が待っているから、明日の晩に――と謝絶した平蔵が座を立った。
門の外まで父娘の見送りを背に、早くも暮れはじめた町中を、〔星野〕へ戻る。
参勤往来のない時期なので、〔星野〕は隣や向いの部屋を空にして待っていた。


夕食には酒を1本ずつつけた。
「これ以上は、おのおのの宿へ引き上げてから足すように……」
小島与大夫(よだゆう 38歳)次席与力がいいふくめてから、首尾を報告した。

事件は、4日前の夜中4ッ半(11時)すぎ、卯右衛門・お増(うえもん 45歳・ます 40歳)夫妻の寝室で、黒装束の男2人が匕首(どす)で主人の頬をたたいて目覚めさせたところからはじまった。
夫妻が起き上がったところへ、あちこちの部屋から寝巻きのままの上から縛られた手代、小僧、女中の5人がつれてこられ、首領らしい男が卯右衛門に小金庫をあけさせ、有り金の250両(4000万円)を持参の黒い袋へ入れると、全員の脚をしばりあげ、灯火の始末をきちんとつけてから 店の表戸をくぐって引き上げた。

「次席。被害額は430両(6880万円)ではなかったのか?」
確かめると、
「180両(2880万円)は、帳場の角火鉢の隠し抽(ひ)き出し入れてあったのをうっかり盗まれたとおもいこんで届けたと申しておりました」

「どこから侵入したのかな。戸締りはちゃんとしていたであろうに――」
「それが奇妙なのですが、締まりが解けていたのは、賊たちが出ていった表戸のくぐりだけであったそうです」

「賊たちに見覚えは?」
「まったく思いあたらないと申しておりました」
「うーむ」
平蔵小島次席を解放し、密偵の瀬兵衛(せべえ 42歳)に〔大調(おおづき)屋〕の評判を報告させた。
瀬兵衛は同業のところをまわって酒を含みながら評判を集めたらしく顔が赤く、膳につけられていた銚子をそっと高井同心の膳へ移してから、
「同業の酒扱いの者たちは口をそろえて商売は手がたくまわしてい、大きな借りはないと申しておりました。町内のつきあいも悪くはないようです。ただ、町内の呑み屋の内儀が、飯炊きのお丹(たん)ばあさんが色好みでねえと危ながっていたのがちょっとひっかかりました」

「おばあさん――? 幾つだ?」
「後家で、孫が7人もいる50がらみとか――」
「苦労であった。きょうの飲み代は高井次席からもらっておくように」

陣屋での鈴木重平太(じゅへいた 26歳)の調べでは、ここ5年間は盗難はなかったが、蕨村と大宮村に3件ほど、いずれも100両にとどかない被害があった。
額が小さいが、未解決のままなのが気がかりだと陣屋でいっいた。

密偵・〔南百(なんど)〕の駒増(こまぞう 36歳)と〔越生(おごせ)〕の万吉(まんきち 23歳)は、旅籠の数が多すぎ半分しか廻りきれなずに時間ぎれになったから、あす残りをまわってあわせて報告するということで食事になった。

空腹に飯をかきこみながら、平蔵松造(よしぞう 36歳)をのけた6人は、1刻ばかりのこんな聴きこみで、はたして3日で片がつくのかと不審の念にとらわれていた。


平蔵が湯につかっていると、脱ぎ場で人の気配がした。
うかがうと、裸身のおんなであった。
2年前の再現か。

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