平蔵、初仕事(15)
〔三文茶亭〕が戸をたてまわす暮れ六ッまでまだ間があるどころか、平蔵(へいぞう 42歳)と松造(よしぞう 37歳)は昼食も摂っていなかった。
「〔五鉄〕へでも寄り、軽く昼餉(ひるげ)をすませてから屋敷へ戻ろうか」
平蔵の提案でそうすることにした。
飯どきには早かったので、階下の入れこみはほとんど空席であったが、平蔵の旅姿に三次郎(さんじろう 38歳)が気をきかせて、2階に席をつくった。
(〔五鉄〕入れこみパース 知久秀章・画)
(〔五鉄〕2階の間取り図 同上)
幕臣はそれと察しがつく衣装( みなり)のときは、市井の〔五鉄〕のような店での飲食はひかえるようにいわれていた。
役人としての威厳を保つためであったろう。
「しかし、殿。〔大調(おおづき)屋〕の飯炊き婆ァさんのお丹(たん 50歳すぎ)がことを、なかったことにしてしまって大丈夫ですございますか?」
「大丈夫かって、なにがだ?」
「泥棒を引き入れたことでございますよ」
「松(よし)。そなた、夢をみているのではないか。お丹は、恋しい男に人目をしのんで会いにでただけのことだ」
「しかし、女(め)たらしの友蔵(ともぞう 30歳がらみ)の誘いにのって……」
「お丹は、友蔵のことをめたらしと知っていたというのか?」
「それはなかったでしょう――」
「孫が7人もおる50の後家が、息子ほどの齢の友蔵にわれを忘れるほどに入れあげてしまうというのは、友蔵のなにがよほどの逸ぶつか、技に長(た)けているのであろうよ。できることなら教わりたいほどのことだ」
「殿!」
「冗談だがの。ところで、お丹は、友蔵が〔熊倉(くまくら)〕の惣十(そうじゅう)一味の盗人としって身をまかせていたとおもうか?」
「それはないでしょう」
「友蔵もおのれが盗人であることは洩らしてはいまい。そうだとすると、お丹は、自分のやっていることが盗賊方を利しているとは寸毫もおもっていまい。そんな老婆やその一族にひどい罰をあたえていいものか――」
〔大調屋〕でみんなから飯炊きおんなとほとんど無視同然のあつかいをされていたのであろう。
そこへ、まだ汁っ気十分とおだててくれ、失神するほどにもてあそんでくれる男があらわれた。
その気にならないほうがおかしい。
しゃも鍋が煮立っていた。
「昼間っから、こんなに精のつくものを摂っていいのだろうか」
うっかり松蔵がつぶやいたのへ、平蔵がかぶせた。
「お粂(くめ)は春がくると幾つになるかの?」
「48歳でございます」
「お丹といくつ違うかの?」
「あっ!」
「おんなの業よ。お粂には幸い、松といういい相手がいるから、女たらしの餌食にならないですんでおる。おんなの性は、つねに崖っぷちにある」
平蔵が鍋に箸をいれた。
松造もつづいた。
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