« 〔鹿熊(かくま)〕の音蔵 | トップページ | 〔天徳寺(てんとくじ)〕の茂平 »

2005.03.20

〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(2代目)

『鬼平犯科帳』文庫巻6に収められた[狐火]の主人公・又太郎は、10代が終るころ、いまは女密偵になっているおまさ(21歳)に男にしてもらった過去がある。一味の中で色ごとをやった罰としておまさは〔狐火〕一家を追放された因縁をもつ。
又太郎は、先代が逝った4年前に〔狐火〕の勇五郎の2代目を継いだが、ちかごろ、〔狐火〕を名乗って非道な「畜生ばたらき」をつづける盗賊が出現した。

206

その正体をあばくべく、引退して江戸川・新宿(にいじゅく)の渡し場で茶店の亭主におさまっている〔瀬戸川(せとがわ)〕の源七に相談しようと、京都から下ってきた。源七は先代〔狐火〕の右腕といわれた男である。

641cn_200
〔瀬戸川〕の源七の茶店のある「新宿(にいじゅく)」の渡し場(『江戸名所図会』より 塗り絵師:ちゅうすけ)

(参照: 〔瀬戸川〕の源七の項)

年齢・容姿:(寛政3年 1791)32歳。しなやかな躰つき、てきぱきとした身のこなしは20代のもの。顔貌は10も老けていて落ち着きがある。
生国:相模(さがみ)国小田原城下のどこか(現・神奈川県小田原市のどこか)。母親は先代〔狐火〕の妾だったお吉。

探索の発端:市ヶ谷田町の薬種店〔山田屋〕に押し入り、一家皆殺しにして金を奪い、〔狐火〕の札を遺して去った賊がいた。
かつて〔狐火〕一味にいたことのある密偵おまさは、火盗改メのお頭に〔狐火〕の内情を聞かれ、又太郎に10日遅れて正妻お勢が産んだ文吉がいることをおもいだした。「畜生ばたらき」はこの文吉かもしれないと、鬼平には黙って〔瀬戸川〕の源七を訪ねると、なんと、京都から下ってきた又太郎(2代目〔狐火〕)とばったり出会い、焼ぼっくいに火がついた形になってしまった。

結末:2代目〔狐火〕の勇五郎(又太郎)とおまさ、それに〔瀬戸川〕の源七が、向島の木母寺の近くに盗人宿をかまえている文吉を質しに行き、けっきょく、又太郎が文吉を刺殺する。
盗人宿にたむろしていた凶悪な浪人たちは、〔狐火〕たちを尾行(つ)けていた鬼平と〔小房〕の粂八に殪された。
又太郎はお目こぼしになるが、左肘から切断され、京都でおまさと仏具店の主人として再出発。

つぶやき:この篇は映画化にも選ばれほどで、起伏に冨んだストリーと、正邪のめりはりがきいたわかりよさをもつ。

彦十がおまさにいう、
「男と女の躰のぐあいなんてものは、きまりきっているようでいてそうでねえ。たがいの躰と肌が、ぴったりと、こころゆくまで合うなんてことは百に、一つさ。まあちゃん、お前と二代目は、その百に一つだったんだねえ」 p134 (新装版p142)
珍しく、彦十が吐いた人生論だが---。

〔狐火〕という「通り名(呼び名)」は、地名を指さしてはいないみたいだが、ヒントとなったのは、『江戸名所図会』の王子稲荷の[衣装榎]の絵で燃えている「狐火」あたり。大晦日の夜、関東一円の命婦狐が階位をもらいに集まり、走りまわる灯火が一晩中消えないという。が、ありようは掛取りの提灯の灯火とも。
493
装束畠衣装榎(『江戸名所図会』より 塗り絵師:西尾 忠久)
そして、池波さんの頭に、上方の伏見稲荷社が浮かび、あのあたりを初代〔狐火〕の勇次郎の出生地と定めたか。

|

« 〔鹿熊(かくま)〕の音蔵 | トップページ | 〔天徳寺(てんとくじ)〕の茂平 »

113神奈川県」カテゴリの記事

コメント

台地に鎮座している王子稲荷から見える、大晦日の田圃道をせわしなく往来する狐火は、この日に集金をしてしまいたい掛取りの灯火だっただなんて。
真相が割れると夢がこわれますね。

投稿: 練馬の加代子 | 2005.03.20 08:48

>練馬の加代子さん

引用した『江戸名所図会』の[装束畠衣装榎]ですが、そのロケーションは、たしか「榎稲荷」という社号で、JR王子駅(東京メトロ南北線も)から徒歩3分の、王子1丁目の大通りから、右へ入ったところにあると、学習院〔鬼平〕クラスの堀さんに教わりました。

投稿: ちゅうすけ | 2005.03.20 10:02

狐火勇五郎は長谷川平蔵から刀で「左肘から切断され」たと原作にはなっていますが、手の筋肉の腱を傷つけたのなら納得できますが切断となると、手を洗うことも日常の生活にも支障を来し、病気になるのも仕方がないと考えられます、少し残酷ではないでしょうか。 
気になって仕方がありません。

投稿: edoaruki | 2005.03.20 11:56

 二代目狐火の勇五郎は数ある盗賊の中でも気に入っています.おまさの数少ない恋の相手でもあり、筋書きも気に入っています。読み返しも多いほうの1篇です。

投稿: 所沢;おつる | 2005.03.20 12:44

edoaruki さん

お説、そうだともおもいますが、聖典には、斬り落としたとあり、ビデオでも落ちた腕を撮っています。

まあ、このあたりは、池波さんに聞くしかありませんね。

投稿: ちゅうすけ | 2005.03.20 12:56

>所沢:おつるさん

おつるさんが何度も読み返されるのも当然です。
この篇は、ベスト10に入れたいほど、よくできているし、映像にもしやすいシーンが多いとおもいます。

投稿: ちゅうすけ | 2005.03.20 12:59

「狐火」は私も好きな一編です。
腹違いとはいえ幼い頃から同じ境遇で育った兄弟なのに、どうしてこんなに異なるのでしょう。
残虐な仕業の元凶が「妬み」だとすると、どの世界でも
人間の業って恐ろしいものだと思います。

二代目勇五郎の事は、「女密偵おまさ」の項でも
コメントしたとおもうのですが、おまさが、鬼平の
元を離れてまでも、ついて行きたかった人なので、
おまさにとては、素敵な素敵な生涯ひとりの男性
だったんだろうと想像いたします。

鬼平が勇五郎の左手肘下からを切り落として、助けた
ことは、「悪」は、「法」だけで裁くのではないという
鬼平の深い人間愛を感じました。

投稿: みやこのお豊 | 2005.03.20 17:47

>みやこのお豊さん

嫉妬というか、妬みは、人間の根源的な感情ではないでしょうか。文吉が又太郎に抱いたのも、お豊さんが指摘なさった、妬みでしょう。

それは、二人の名前にもあらわれていますね。
又太郎---長男につけられる太郎です。
文吉---平凡な名づけです。
これを見ても、先代〔狐火〕の勇五郎が、又太郎に期待していたと想像できます。

おまさの又太郎への傾斜を、平蔵も軽く皮肉っています。わかりますね、平蔵の軽い、妬み。

投稿: ちゅうすけ | 2005.03.20 19:07

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/70984/3363646

この記事へのトラックバック一覧です: 〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(2代目):

« 〔鹿熊(かくま)〕の音蔵 | トップページ | 〔天徳寺(てんとくじ)〕の茂平 »