〔神崎(こうざき)〕の弥兵衛
『鬼平犯科帳』文庫巻4に収録されている[あばたの新助]は、兇盗〔網切(あみきり)〕の甚五郎の妾で甘酒屋の茶汲みをしている女賊の豊満な色香にまよった同心・佐々木新助の物語だが、ストーリーが展開する中に、こんな1行が挿入された。
(参照: 〔網切〕の甚五郎の項)
「この間、長谷川平蔵は別の事件を追って、武州・越ヶ谷(こしがや)へ出張り、目指す盗賊・神崎(こうざき)の弥兵衛一味を捕らえている」
これっきりで、ある。
年齢・容姿:上記でご覧のとおり、記述がない。
生国:下総(しもうさ)国香取郡(かとりこうり)神崎本宿(こうざきほんしゅく)(現・千葉県香取郡神崎町神崎本宿)
神社に近いあたりを「神崎」と名づけていいるところは多い。その「神崎」を、(かんざき)と読むところと、(こうざき)と読む土地がある。この篇では(こうざき)とルビがふられていし、埼玉県の越谷へもさほど離れていない千葉県の「神崎」を取った。
探索の発端:記載されていない。
結末:追捕されたのだから、全員、死刑は間違いない。
つぶやき:この篇では、越谷(埼玉県。郵便番号簿の表記による)まで、長谷川平蔵が出張っているが、火盗改メの守備範囲はどのあたりまでかというと、池波さんも座右に置いていた松平太郎著『江戸時代制度の研究』(1919)の第14章第6節[火附盗賊改]によると、江戸市中の巡邏が主ではあるが、「広く関八州を巡行」とも書いている。
蕨宿の村役人や九十九里村の者を召還した史料も目にしたことがある。
吉田東伍博士『大日本地名辞書』(冨山房 明治33年-)、に『江戸慶長見聞集』から引いたおもしろい記述があった。「下総の国向崎といふ在所のかたわらに甚内といふ大盗賊有りしが、訴人に出て申けるは、関東に頭をなす大盗賊十人もニ十人も候べし、是皆いにしへ名を得しいたづらもの、風間が一類、らっぱの子孫其他、此者共の有所、のこりなく某好知たり、案内申すべし、盗人がりし給ふべしと云々」
乱波(らっぱ)者といえば、忍者だ。池波さんは、この記述を読んで、〔神崎〕の弥兵衛を創造したのかも。
長谷川伸師に、昭和初期に書かれた[頼まれ多九蔵]に、〔羽斗(はばかり)〕の紋次郎という旅人が登場する。
下総国香取郡羽斗村の生まれで、近くの神崎(こうざき)村の網師で彫ものの上手---宗八に、殺された恋人おみねの姿を背中に葬い彫りしてもらう。その紋次郎と約束した多九蔵が神埼を訪ねるが、紋次郎は着いていなくて、代わりにおみねの亡霊が渡し場に現れるという佳品。
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