〔雲霧(くもきり)〕仁左衛門
『雲霧仁左衛門』(文庫 前・後編)の主人公。
吉宗が将軍だった享保(1716-35)のころ、小頭(こがしら)の〔木鼠(きねずみ)〕の吉五郎(40歳前後)、〔七化(ななば)けのお千代(26,7歳)、〔三坪(みつぼ)〕の伝次郎、〔因果小僧〕七之助、〔洲走(すばし)り〕の熊五郎、〔山猫(やまねこ)〕の三次といった手だれのほか、数十人(伝説では600人)の配下を自在に動かして大仕事をしてのける巨盗。
対する捕り方は、火盗改メのお頭が安部式部信旨(のぶむね 1000石 先手筒の第16組組頭)、与力・山田藤兵衛、同心・高瀬俵太郎らが立ち向かう。
仁左衛門は、冤罪から盗みの世界へ入ったことになっていて、沈着果断、深慮遠謀、部下の才を巧みに引き出し、配下からは深く崇拝されている。
とりわけ〔七化け〕のお千代は、仁左衛門を敬愛すること妻君以上で、物語に色味を添えている。
年齢・容姿:45,6歳。中肉中背。隆(たか)い鼻すじ、切長の両眼。細く長い眉。
生国:甲斐(かい)国巨摩郡(こまこおり)樋口村(現・山梨県韮崎市清哲町樋口)
「韮崎」としたのは、『大岡政談』(東洋文庫 巻2)に拠る。
データ:原作は『週刊新潮』の、1972年8月26日号から2年後の4月4日号まで連載された。火盗改メvs.盗賊の形でいうと『鬼平犯科帳』連載開始の4年半後である。
仁左衛門の存在は、『大岡政談』の中に[雲切仁左衛門]として記録されているほか、嘉永5年(1852)に市村座上演の[名誉仁政録]に浄慶国師じつは雲切仁左衛門として登場のほか、文久元年(1861)桜田治助と河竹黙阿弥合作[竜三升高根雲霧(りゅうとみますたかねのくもぎり)]が、仁左衛門より因果小僧を主役に上演されたと、『大岡政談』(東洋文庫 1,2巻)の辻達也さんの解説にある。
池波さんは、両戯曲も参考にはしたろうが、雲霧仁左衛門を最初に見つけたのは、三田村鳶魚(えんぎょ)『江戸の白浪』(早稲田大学出版部 1931 のち中公文庫 1997)だと推定する。
この労作の末尾近くに、
[雲霧仁左衛門]
[偽役人の化けの皮]
[六之助殺し]
[洲走と山猫]
[事実は何程ある]
の項があり、池波「雲霧」に登場する江州生れの〔木鼠〕の吉五郎、羽州生れの〔おさらば〕伝次、越後生れで山猫を退治したことから〔山猫(やまねこ)〕三次、門徒坊主で背中に石塔2基刺青(ほりもの)をしている掏摸(すり)上がりの〔因果小僧〕六之助、〔洲走り〕熊五郎の名前があげられているからである。
池波さんは、これらの「通り名(呼び名)〕を想像の手がかりにして、一人ひとりの個性を創造していったのであろう。
ただ、〔七化け〕のお千代は池波さんのまったくの創作だが、映画「雪之丞七変化」あたりがヒントになっているかもしれない。
安部式部だが、火盗改メの任期は『柳営備任(ぶにん)』によると、
宝永5年(1708)正月15日御目付より (40歳)
4月 5日火付改加役
6年(1709)2月20日御免
享保2年(1717)正月28日加役 (49歳)
9年(1724) 2月24日卒 (56歳)
したがって、池波さんは、仁左衛門と式部の主対決を、享保7年から8年に設定した。
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コメント
祝 350人盗人達成!
すごいことです。これまで、何人もなしたことのない偉業が、ブログで達成されたのですね。
しかも、ひとつの通過点である350人目が、池波先生の秀作の1篇『雲霧仁左衛門』で飾られるとは!
記事を拝読すると、池波先生も驚かれるほどの研究発表ではありませんか。
さすが、池波研究の第一人者といわれて当然ですね。
なにはともあれ、おめでとうございます。
今後のご研鑽の成果を期待しています。
投稿: 文くばり丈太 | 2005.12.01 10:46
>文くばり丈太つさん
文くばりさんのが、ご祝辞第1号でした。
心かおん礼申しのべます。
ふりかえると、このほぼ1年間、1日も休まないで、よくもつづけられたとおもいます。
なにしろ、内容が内容ですから、事前のリサーチがたいへんで、ほとんど、毎日のように図書館通いの1年でした。
取材旅行に出る前は、とりわけ、せっつかれました。
さらに、きょうは、アクセス30,000突破も達成させていただきました。
重ね重ねの祝日とは、このことです。
すべて、みなさんのご支持のお蔭です。
つぎ、400人目の〔相模〕の彦十まで、あと、ひと頑張り。
かえすがえすも、ありがとうございました。
投稿: ちゅうすけ | 2005.12.01 11:43