健康は健脚から
このコラムの読み手は鬼平ファンであるとともに『剣客商売』ファンでもあろう。とっておきの秘話を二つ。
東京の台東区清川1丁目の本性寺には、秋山小兵衛の亡妻で大治郎の実母・お貞と、同門の剣客・嶋岡礼蔵の墓があることになっている。
法華宗の当山がなぜ秋山家の菩提寺になったか。
痔疾で苦しんだ秋山(しゅうざん)自雲(じうん)の墓所・本性寺
お貞が逝ったころの小兵衛は、四谷仲町(新宿区若葉3丁目)……竜谷寺(二葉幼稚園)の向いの、故郷・秋山郷の実兄に買ってもらった土地に道場をかまえていた。本性寺へはほぼ8キロ、あまりにも遠い。
小兵衛の青年時代。悪質の痔疾に苦しんだ酒問屋の主の岡田某が、剃髪して当山で唱題修行にはげんだがその甲斐なく遷化、法号を「秋山(しゅうざん)自雲」とした。
「痔」を「自」にかけたものか。
池波さん がこの自雲の掲示に目をとめ、
「おや、秋山(あきやま)。これもなにかの縁」
と痔主(じぬし)ではなかったお貞を葬った。
冗談……痔という字は寺に入るまで治らない病いと書く。
秋山小兵衛ファンへ呼びかけ、お貞と嶋岡剣客の法会(ほうえ)をいつか、としゃれっ気のある住職と話している。
根岸3丁目の西光寺は臨済宗の名刹としてより、江戸時代から藤寺として有名。
根岸小学校裏の藤の円光寺
(『江戸名所図会』 塗り絵師:西尾 忠久)
浦和へ震災疎開していた池波家が東京へ帰ってき、正太郎少年が新1年生で入学した根岸小学校は当山の向かい。
佐々木三冬が起居していた書物問屋〔和泉屋〕の寮がここ。
図版解説:五条天神門前の〔花屋〕に、寺町通りにあった〔和泉屋〕を置いた。(『江戸買物独案内』より 文政7年 1824刊)
『剣客商売』でも『鬼平犯科帳』でも、池波さんは江戸切絵図を座右において登場人物を動かしているから、あと追いすれば、休日に池波ワールド安上がり散策ができる。
そんな鬼平・剣客史跡めぐりを70コースほど設計して[鬼平]教室のメンバーと歩き、打ち上げを池波さん好みの店で会食している。
中間管理職は体力勝負。ゴルフの1ラウンドの1万歩で脚力増強もいいが史跡めぐりのほうは経済的。
とはいえ1万歩はちょっときつい。6000歩あたりのコースが適当。
1万歩なら、長谷川組の史実上の組屋敷――文京区・目白台図書館前から台東区・菊川の長谷川邸跡までが1万と1千歩。
組の与力・同心は片道でそれだけの距離を通勤していた。
健脚になるわけだ。
小説の中の与力・同心はあまり病欠しない。
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