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2006.10.16

名工・後藤兵左衛門作の煙管

鬼平の亡父・宣雄への敬愛ぶりは尊敬もの。

鬼平は、亡父の親友、たとえば芝・新銭座(現・港区浜松町 1丁目)に屋敷をもつ表御番医の井上立泉([1-6 暗剣白梅香])や、芝・二本榎(現・港区高輪 1, 2丁目)に住む600石の旗本・細井彦右衛門([9-4 本門寺暮雪])との交誼をたやしていない。

ふだん腰にしている亡父ゆずりの2尺2寸9分の(68.8cm)刀剣は、通称・左近国綱、鎌倉中期の重ねの厚いつくりの粟田口国綱であることが[4-4 血闘]ではじめて明かされた。
この太刀ではその後、34回斬りむすぶが、それほどに激しく使って、はたした刀身は大丈夫なものかどうか、刀研の方に訊いてみたいものだ。

いかにも江戸育ちの鬼平らしい、じんわりとした人情味をみせてくれる[6-5 大川の隠居]では、亡父が京都町奉行時代に、新竹屋町寺町西入ルに工房を構えていた名工・後藤兵左衛門に、家紋の一つである「釘抜」を彫刻させてつくらせた銀煙管と、漆に金でおなじく「釘抜」を描かせた三重づくりの印籠が重要な役割を演じる。

長谷川家の家紋は三つ――「左藤巴」「釘抜」「三角藤」――と『寛政重修諸家譜』にある。

122うち、裃(かみしも)や羽織、出役時の陣笠や胸当といった公式の衣装、それに幔幕(まんまく)や高張提灯には「左藤巴」をつかう。
藤は、長谷川家の先祖が、藤橘源平の「藤原」の系統であったことを示す。


Photo_223煙管や印籠、紙入れなどの私用の小物には「釘抜」。
形状は、鎌倉時代の釘抜に由来すると。長谷川家の家系の古さも表していよう。
「三角藤」については知らない。

後藤兵左衛門は実在していた煙管師である。
が、名工であったというデータはない。
京都の商賈(しょうてん)の広告をあつめた天保4(1833)年刊の『商人買物独案内(ショッピングガイド)』に、煙管師としてはただ1人、広告を載せているだけ。
Photo_224
京都の商舗をあつめた『商人買物独案内』より

この広告集のほかの煙管関連の店はみな問屋なので、池波さんは後藤兵左衛門作にせざるをえなかった。

もちろん、江戸にも煙管師はいました。文政7(1824)年にでた『江戸買物独案内(ショッピングガイド)』には、数人の煙管師が名をつらねている。
が、ここは宣雄、宣以の美意識を暗示したくて、下(くだ)りもの――上方製で品格があって優雅なつくりの煙管でなければならなかった。

宣雄も、後藤兵左衛門作のその煙管でないと、「ほかのでは、煙草の味もないようにおもえる」といって、外出の折りはもちろん、屋敷にいるときも手ばなさなかったとある。

問題は、鬼平はともかく、几帳面で倹約家の宣雄が煙草を吸ったかどうか、である。
理財の才にたけていたこの人は、大小などもかざりには金銀をつかわず、水銀に砥(と)の粉を混ぜて銅や真鍮を銀色に見せる銀流しだったという。

そんな人が、江戸時代にはぜいたく品といわれ、道楽息子のもちものだった銀煙管を発注したであろうか。するはずはなかったとおもう。

いや、煙草を吸ったか。手にしなかった人だとおもう。

鬼平はぐれていたから早くからたしなんだろうか。
愛煙家の池波さんとしては、『商人買物独案内』を眺めていて、新竹屋町寺町西入ルに煙管師・後藤兵左衛門の広告を目にして、たまらず、宣雄に特注させてしまったとみる。

  「おれもな、お前のような年寄りの、むかしばなしをききて
  えものよ」
  「とんでもねえ」
  「どうして?」
  「あっしなんざあ、ろくなことをして来ちゃあおりませんので、
  へい」
  「そうか、な……」
   長谷川平蔵が、このときはじめて腰の煙草入れを取って、く
  だんの銀煙管を出し、悠然と煙草をつめはじめたものである。
   友五郎の手から、盃が、音をたてて落ちた。
            ([6-5 大川の隠居]p212 新装p222 )

あれが宣雄の遺品でなくなったとすると、好短編[6-5 大川の隠居]は別の物語になったか? ニュアンスはすこしちがったとしても筋書きも全体の印象もさほど変わらなかったろう。

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コメント

はじめまして
まだまだ浅いファンなのですが
楽しませていただいております。
というか、勉強させていただいております

夏に井上真改の模擬刀を購入して
家ではいつも手にしているのですが
次は何を・・・と思っていたのですが
銀煙管か印籠を購入しようと思ったのですが
ちょうど、自分の家紋も釘抜きなので
好都合なのですが
画像をテレビ放送版で探すと
煙管も印籠も 左藤巴 になってるんですよね。。。。
確かに、中村吉右衛門さんの平蔵も好きなのですが
どっちにするか、思案中です。。。。。

投稿: 夜風。 | 2008.11.23 09:45

>夜風さん
いらっしゃいませ。
井上真改の模擬刀を購入---わぁ、すごい!
ぜひ、拝見したいものです。
ただ、刀剣の研究家によると、『鬼平犯科帳』に書かれている名刀は、400石の長谷川家にはムリではないかと、貧乏話をなさっています。
そんなこといったら、小説はなりたちません。
銀煙管の考究も、遊びでやっているだけです。
これからも、いろいろ教えてください。

投稿: ちゅうすけ | 2008.11.23 17:19

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