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2006.11.10

両国の花火

両国・花火

両国橋の絵では、雪旦も広重も夜景を描く。
名物催事---川開きの花火だから当然夜景なのだが、ここで、白黒絵の雪旦と、多彩画の広重の夜景の数を見てみ.る。

雪旦が夜景を描いている情景は、両国・花火のほかには、 佃島 白魚網 、五月五日 六所宮祭礼之図 、落合蛍、蛍沢、道潅山聴虫、新吉原、新吉原仲之町八朔図、小名木川 五本松、梅若丸の10景、これらに夜明け前とおぼしい木挽町芝居戯場(しばい)、堺町葺屋町を加えて13景。

ほとんどの絵を府内にとどめた広重は、夜闇の色が使えるから、花火のほかは、永代橋佃しま、王子装束ゑの木大晦日の狐火、御厩河岸、浅草川首尾の松御厩河岸、真乳山山谷堀夜景の6景。

雪旦vs.広重 江戸+近郊vs.江戸、白黒絵vs.多色絵刷り、670余景vs119景---で、13景vs6景をどう読むかは人それそれ。

雪旦の両国橋は、1丁半---つまり3ページ、人出はたっぷり。花火が2本。
(塗り絵師・みやこのお豊 鬼平熱愛倶楽部)
0030_1

広重は、縦位置の1枚ものなので、花火は1本だが一面に飛び散る火玉。人出は橋上だけ。納涼船の数は、似たような密度。
320_12

広重の夜色は、1景々々違っている。識別し、情感の異なりを感じ取らせる力量は、さすが。白黒絵の雪旦には、その楽しみが封じられている。塗り手が創りだすしかない。

拡大画像は↓クリック。
0030両国橋

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169雪旦の江戸・広重の江戸」カテゴリの記事

コメント

江戸の昔から今も続いている夏の風物詩両国の花火、当時は仕掛けも少なく色も赤一色のようでした。

夜の闇に輝く鮮やかな花火の赤、その灯りに浮かび上がる納涼船の情景を雪旦の白黒の原画に彩色しました。

広重の花火は小さい玉が沢山はじけていますが雪旦の時代よりさがっているのが感じられます。

広重の色のコントラスト本当にすばらしいですね。

投稿: みやこの豊 | 2006.11.11 00:19

 雪旦の描いた数々の夜景の彩色は実に楽しい。

両国橋の花火も闇夜に色の強弱を派手に使い、情感を作り
出す事が自在にできるので。

投稿: 豊麻呂 | 2006.11.11 07:00

『江戸買物独案内』は、ちょうど雪旦の時代に刊行されましたが、〔玉屋〕の広告が収録されています。〔鍵屋〕はどうだったかな。
『独案内』に広告を出しているということは、地方からの注文があったととうことでしょうね。

いや、いざ、〔玉屋〕の広告を探すとなると、なかなか見つからなくて。ほんの1,2で、「は」のところにはないので。

投稿: ちゅうすけ | 2006.11.11 07:27

「橋の上玉や玉やの声ばかり、なぜ鍵やと云わぬ情なし」と川柳にも歌われたほど「玉屋」は人気があったようですが、1843年(天保14年)玉屋の失火から大火になり、主人は江戸所払いになり、一代で家名断絶したそうです。

「玉屋」は「鍵屋」から暖簾分けをして、両国広小路吉川町に店を構え両国橋を挟んで、上流が「玉屋」、下流を「鍵屋」が受け持っていたという事です。

投稿: みやこの豊 | 2006.11.11 08:14

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