鬼平の夜鷹へのヒューマニティ
[5-5 兇賊]で鬼平が、柳原堤の神田・豊島町1丁目の〔芋酒・加賀屋〕で、亭主の九平と話していると、老夜鷹のおもんが入ったきて、隣に座る。
「おさむらいさん、ごめんなさいよ」
頬(ほほ)かむりの手ぬぐいをとった顔は、しわかくしの白粉にぬりたくられ、灯の下では、とてもとても見られたものではない。 p166 新装p175
このおもんに、鬼平は酒をおごる。
で、おもんが年齢相応のしんみりした口調で、いう。
「旦那。うれしゅうござんすよ」
「なぜね?」
「人なみにあつかっておくんなさるからさ」
「人なみって、人ではねえか。お前もおれも、このおやじも---」
共産党の不破哲三さくんも「ヒューマニズムにあふれた、しびれるセリフ」と、どこかに書いていた。
舞台だと、大向こうから声が飛ぶところだ。
舞台といえば、池波さんが心酔していた長谷川伸師の代表作『瞼の母』で、江州阪田の番場生まれの渡世人〔番場(ばんば)〕の忠太郎が、柳橋・水熊横丁の料亭〔水熊〕の女将をせびりにきた50歳過ぎの夜鷹おとらに銭を恵む。と、おとらが、いう。
「兄さんちょっと待っておくれ。お前さんは嬉しい人だ。夜鷹婆だ何だ彼だと、立番の野郎までが嗤(わら)うあたしに、よく今みたいな事を聞いておくれだった。何年ぶりかで人間扱いをして貰った気がするんだ---」
池波さんは、この戯曲を幾度も観て、どこでどういう観客がうなずくか、涙するか、学んでいたにちがいない。
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