葵小僧の展開(5) 声色
みやこのお豊さんと所沢のおつるさんコンビの研究発表---
【1】から【3】への発想の膨らませ方。
【1】 三田村鳶魚の槍を持たせた葵小僧
【2】 池波正太郎の江戸怪盗伝
【3】 池波正太郎の妖怪葵小僧(鬼平犯科帳)巻2-4
三つの骨子は---、
葵の紋のいでたちで押し入った先の妻や娘を必ずなぶり者にし,中々捕まらず,江戸の町で怖れられていた稀有の大盗・葵小僧。
ようやく火盗改めの長谷川平蔵が捕え、被害者保護のため早々に平蔵の独断で処刑し、供述を記録に残さなかった。
どのように膨らませたか。
1、ストーリーの長さ
【1】 原稿用紙 2枚
【2】 31枚
【3】 135枚
2、期間
【1】寛政3年4月16日~5月3日
【2】寛政3年夏~年末
【3】寛政3年7月15日~寛政4年9月
3、襲われた店
【1】おびただしい
【2】日野屋、玉川屋、戎屋、他10余軒、神出鬼没
【3】9軒,10軒目は未遂,他多数.神出鬼没
4、被害の状況
【1】女房,娘を犯す.葵の紋入り駕籠、提灯を持つ
【2】日野屋(小間物塗り物問屋)女房おきぬを2度にわた
りなぶりものにする。
猿轡,手足を結わかれた身動きできない主人の前でお
かす。
奉公人は気絶させられ,猿轡手足を結わえる。
玉川屋(醤油問屋) 逃げる途中町方に発見され同心、
捕り手に死者
戎屋(傘問屋)娘を犯す
何れも金品はあるものだけを持ち去る。
葵の紋付き服装、若党を従え、旗本の品のよいいでたち
【3】押し入り方に変化
10軒中4軒は声色を使
竜淵堂(文具店)戸田家用人の声色
女房お千代を犯す、お千代の態度
世間体を気にして被害届け出さず。
小田原屋(乾物問屋)親戚伊豆屋専衛門のまね
14歳の娘おみな 主人新助斬り殺される.届ける
高砂屋(料亭)女房の実家玉屋の料理人のまね
女房おきさ。
花沢屋(傘問屋)番頭卯三郎の真似
未遂
他の6軒は声色なく何時の間にか押し込まれ、猿轡、
手足を拘束される。女房、娘を必ず犯す。
そのうち日野屋(高級玩具屋」は葵小僧の(尚古堂)
の隣りの家女房おきぬ2度犯される。
被害にあった女性たちの苦悩、それを見ていた主人や
親達の苦悩は金品には変えがたい被害である。
この中で竜淵堂の夫婦は心中をする。
5、平蔵の探索方
【1】は記述はない、火盗改め本役長谷川平蔵が逮捕
【2】葵小僧は配下を与力宅に住み込ませ情報を得ていた。
平蔵が巡回中に偶然に逃走中の葵小僧達を見つけ、
棍棒を投げて自慢の鼻を落とし虚脱状態の葵小僧を
捕縛
【3】始めから密偵を使う
与力、同心、を使う
加役として桑原主膳が加えられた
目撃者からの証言で人相書きを作成し、
そこから探索の幅を広げ、綿密な計画のもと
犯人を発見、密偵達の働きにより現場を抑え
小刀で背中を差し、自慢の鼻を蹴上げて、捕縛。
6、葵小僧
【1】では記述なし、
【2】、【3】とも役者の子
鼻が低い為に役者として成功せず。
付け鼻で変装して、鼻の低さを笑い、蔑すみ冷た
扱った茶汲み女に対する恨み憎しみが
女への不信感になり、押し込み先の女房、娘を弄んだ。
7、処刑
【1】【2】【3】とも葵小僧がしゃべる事によって
被害者の被る恥辱を思い、平蔵の一存で、早々と
首をはねる。
最後に
【1】から始まって短編の【2】になり【3】の短編小説3冊分にもなる
ほどにふくらみました。
池波さんは「葵小僧」という妖盗をテーマにして、
火盗改めの長官、長谷川平蔵について、
書きたかったのではないかと思います。
それはこれまでの作品と違ってストーリーの最初から平蔵がが関わっています。
平蔵の火盗改めとしての信念は「無宿無頼の輩を相手に面倒な手続きなしで刑事にはたらく荒々しきお役目、軍事の名残をとどめおるが特徴でござる」という。
上司の圧力、世間の風評などびくともしないのです。
与力、同心、密偵、友人(岸井左馬之助)、知人(井上立泉)この先の作品に登場する多くの人たちの協力をえて綿密な計画の下に推し進める探索方法。
そして彼らに対するねぎらいと気くばり。
被害者の心情に対する配慮、それによって町民との信頼関係。
長谷川平蔵の姿を描いて、この先のシリーズをおもわせるようです。
(付言)
葵小僧の特徴の1つは、「声色」。
声色は、池波さんが芝居作家であった事からの発想かと思うのですが。
平蔵が声色に気づくきっかけは玉川屋で貸し本屋亀吉が、当時の人気役者の5世市川団十郎と女形の瀬川菊乃丞の声色をしたことから発覚していきました。
当時の役者の肉声は無理ですので、似顔絵でもと探してみました。
春章「5世団十郎の助六」(集英社 浮世絵大系)
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コメント
こちらのサイトを引用されているブログを見つけました。
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070120/oota
こういう交流があるとは面白いですね。
投稿: 福耳 | 2007.01.20 01:05
>福耳さん
誤報みたいにおもうのは、こちらの探し方が下手なのでしようか?
投稿: ちゅうすけ | 2007.01.20 08:38
言葉足らずですみません。このブログの過去のエントリーが参照されていました。
エントリーの真ん中辺りで、
>この「大田南畝を嫌う上役」というのが、今日のぼくの話の主役です。
>名前は「森山源五郎」と言う人で、『鬼平犯科帳』にも出てきます。
>→『鬼平犯科帳』Who's Who: 093森山源五郎
とあって、以下太田南畝と森山の関係が出ていて、森山の人間性についての記述がこちらで拝見した話と通じるようで、面白く感じました。
投稿: 福耳 | 2007.01.20 11:10
>福耳さん
ああ、森山源五郎孝盛ですね。
見ました、見ました。
ただ、引用なさっていたのが森山の『賎のおだ巻』でした。あのエッセイは、毒にも薬にもならないような話が書かれています。
森山の毒がきついのは『蛋(あま)の焼藻(たくも)』のほう。もう、長谷川平蔵攻撃や、自分の後任者の悪口、ほんとうかどう疑わしい同役のお披露接待のはなし。
辻善之助さんが『田沼時代』(岩波文庫)で検証もしないで引用されてから、多くの人が孫引きなさっていますが、森山の性格を考えると、マユつばの記述がおおいんじゃないかとおもっています。
さすがに、『鬼平犯科帳』には、森山源五郎は出てきませんね。
投稿: ちゅうすけ | 2007.01.20 13:01