小間物屋のおふじ
おふじは盗賊ではない。ただ、殺人を犯した。殺したのは、盗賊の亭主・下総無宿の助次郎である。
「手前(てめえ)の腹の子なんぞ、ほしかあねえ」とほざき、身重なおふじを捨てて別の女とどこかへ行くという。それでかっとなったおふじは、酔いつぶれて寝ている亭主の首を絞めた。
ここまで書くと、ほとんどの鬼平ファンは、[1-1 唖の十蔵]の彼女だ---と察しがつく。
なにしろ、『鬼平犯科帳』文庫第1巻は150万部以上も刷られている。池波さんの生前にざっと50万冊、歿後に100万冊。
その冒頭に収録されているのが[唖の十蔵]である。読み手は強烈な印象を受ける。
おふじは、相州藤沢宿の荒物屋の常市のひとりむすめであったが、4歳で母を失い、17歳で父を亡くした。ある人の口ききで江戸へ出て、東両国の小間物屋〔日野屋〕へ下女奉公に上がり、縁あって助次郎に嫁いだ。
この〔日野屋〕は[2-4 妖盗葵小僧]に登場する店だが、第1話ではその予定はなく、東両国の問屋として屋号を使ったのだろう。
上記の経緯で亭主を殺したとき、火盗改メ・堀帯刀組の同心・小野十蔵が行きあわせた。
なよなよとか細いからだつきの---そして大きな双眸(りょうめ)が、大きければ大きいほどにもの哀(かな)しいという---こういう女にひしとすがられたら、
(おれはどうなっちまうだろう---)
と、どんな男でもおもうような---おふじはそういう女であった。p12 新装同。
婚期が遅れていたくせに、持参金を鼻にかけた、出来悪の冬瓜(とうがん)のような女房・お磯に対するおふじの設定とはいえ、これでは小野十蔵とおふじが出来てしまうのは、とうぜんといえる。
火盗改メの長官が堀帯刀から長谷川平蔵になった---というのは、池波さんの史料の読み間違いで、このとき平蔵が任命されたのは、冬場の助役(すけやく)だった。
しかし、そのことと小野十蔵とおふじの自滅せざるをえない運命は関係ない。
それより、 その後の『鬼平犯科帳』163篇を通して、おふじのような男心に訴えかける、か細い女性が登場しないのが不思議。
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