兎忠の好みの女性
『鬼平犯科帳』の前半のコメディ・リリーフ---兎忠こと木村忠吾は、同心としては頼りなくても、なんとも憎めない性格の持ち主である。
この兎忠、出番が文庫では第10話、背景となる時代は寛政3年(1791)、すなわち、長谷川平蔵が先手弓の第2組の組頭に着任してからだと5年目、火盗改メの長官に発令されてからでも4年目と、なんともしまらない。
いや、シリーズでの登場は、役柄からいって決して早くはないが、さればとて遅くすぎもしない。
ありようは、当初、池波さんがこの連載を1,2年で終えるつもりだったから、歳月を急いだにすぎない。
連載をつづけると腰をすえてからは、それまで発表した各篇のあいだあいだに、つじつまあわせの篇を挿入していった。
以上のことは、木村忠吾の項にすでに明かしておいたが、とにかく[2-2 いろは茶屋]での登場は24歳。18歳の時に跡目を継ぎ、登場時には母・あさもこの世にいなかった。
〔いろは茶屋〕。遠景は五重塔(『歳点譜』を彩色 塗り絵師:ちゅうすけ)
「これが最後だとおもうと、もう何度でも、何度でも、何度でも---」
と、谷中の感応寺門前町の娼家・いろは茶屋〔菱屋〕のお松にいどむ。
このお松、ぽってりとした色白の忠吾とは対照的に、あさぐろい細(ほ)っそりと引きしまった躰つき。目もとはぱっちりとしているが、鼻は低く、唇もぽってり---初手は忠吾の好みではなかったのだが、男の躰を吸いこんでしまうような秘技に、いっぺんにはまってしまった。
つぎに忠吾が惚れたのは、1年後の寛政4年晩秋の物語である[2-6 お雪の乳房]のお雪。18歳の処女(もっとも、はやばやと忠吾を受け入れてしまったから、生娘で通したわけではない)。
このお雪---、
ぱっちりと大きく張った双眸(りょうめ)はさておき、化粧気もないあさぐろい肌、細身の小づくりの躰(からだ)、そのころのむすめとしては大きくふくらみすぎているくちびる---p241 新装p253
どこやら娼妓お松を彷彿とさせる描写だが、お雪は町内で「美しい」と評判を立てられたことはないらしい。
うーん、兎忠の女の好みは、お松が初めての女ではあるまいに、どうやら、彼女に刷りこまれてしまったか。
いや、池波さんがそうと決めたのかも。
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