与詩(よし)を迎えに(34)
箱根の関所は、三島宿から登っていくと、箱根宿の先---東側にある。
(小田原側からの箱根駅と関所 『東海道名所図会 塗り絵師:ちゅうすけ 右上に宿とその手前に関所と江戸口門 左下は芦の湖)
(上図部分拡大)
三島からだと京口の冠木門から入り、江戸口と呼ばれている門から出る。
【参照】よみがえる箱根関所
とりあえず、手まわりの荷と与詩(よし)を本陣の〔川田〕角左衛門方へ預け、銕三郎(てつさぶろう)と〔風速(かざはや)〕の権七(こんしち)は、関所へあいさつにおもむく。
京口の番人に、 権七がなにやら囁くと、一人が足軽番所へ走った。
そこから、40がらみのやや太めの男が出てきて、権七に合図をする。こちらも会釈した。
「小頭(こがしら)の打田内記さまです」
羽織の襟を正して丁寧に腰をかがめ、
「長谷川銕三郎です。このたびは、小頭さまのお手を、私用でいたくわずらわせて、恐縮でした」
「いやあ、手前どもこそ、恐縮しておりますぞ。お側御用取次ぎ・田沼(意次 おきつぐ)侯のご用人・三浦庄ニなるお方が、わが小田原藩のご用人・正木さまへ、わざわざ書簡をくだされたことで、関所・番頭(ばんがしら)どのがたいそう面目をほどこされましてな。それにしても、なんですな、長谷川どのは、けっこうな繋がりをお持ちですな」
「三浦さまのご配慮のこと、初めて耳にいたしました」
「本陣の〔川田角左衛門方にも伝えてありますから、粗略にはあつかいますまい」
関所から引き返しながら、権七が感にたえたような声で、
「長谷川さま。小頭さんもかつて見たことがないほどの喜びようでしたな。権七の株も何倍かあがりましてございます」
「権七どの。じつは、それで困っております」
「えっ?」
「1日での箱根越えは、幼い与詩(よし)には辛かろうゆえ、本陣・〔川田〕で1泊するようにと、父上から言われております。で、せんかたなく、〔川田〕で阿記どのと落ち逢うこと、しめし合わせました。しかし、関所からのお声がかかっていると、本陣のご女中衆の目が、拙ども、ひいては阿記どのへ集まります」
「なるほど」
「別の旅籠で逢い引きしても、かつて、芦の湯小町と囃(はや)された婦(ひと)ゆえ、どこでも目立ちましょう」
「そうですとも」
「ついては、あの婦(ひと)を、そのまま芦の湯まで、権七どのに送っていただけないかと---」
「おっと合点。宿場の西はずれで待ちかまえますぜ」
【参考】2007年12月30日[与詩(よし)を迎えに(10)]
「女中頭どののほうは、もう一晩、堪能させたいので、この箱根宿のそれにふさわしい旅籠へ案内してやってくださいませぬか。おっつけ、そこへ藤六(とうろく)をさしむけますゆえ」
「妙案でごぜえますな」
(箱根宿と芦ノ湖。『東海道分間延絵図』 幕府道中奉行製作)
しばらくして、権七が本陣〔川田〕へ戻ってきて、万事、指示どおりに手配したことを告げ、
「芦の湯村へ行き、すぐに引き返してめえります」
入れ替りに、なんとも奇妙にまじめくさった表情を浮かべた藤六が、出て行く。親の仇でも討ちにゆくように、肩をいからせている。
その背に、権七が、
「明日は、五ッ(午前8時)発(た)ちでごぜえますよ」
本陣・〔川田〕には、大風呂があった。
芦の湖のむこうに、富士山が、4分ばかり、白い頂(いただき)を見せているのが浴槽から望めた。
昼間なので、風殿には客はいない。
与詩といっしょに湯につかる。
抱かれたまま、湯舟で銕三郎の顔に湯を飛ばし、
「きゃっ、きゃっ」
と、与詩は大満足であった。
(父上がここに一泊することをお命じなったのは、こういうことをして兄妹の絆(きずな)を堅めよ---ということだったのだ)
「与詩。泳いでみるか」
与詩の胸と腹にを支えて湯舟のなかを動いた。
「両腕を前に伸ばし、脚を互いちがいに、ばしゃばしゃする」
そう教えながら、
(父上は、知行地の片貝(180石)に近い九十九里浜で、あわび採りを身につけられたのかも知れない。母上は、同じ上総(かずさの)国でも、山側の武射郡(むしゃこおり)のほうの知行地・寺崎(220石)の村長(むらおさ)の家のむすめだが、片貝にも、父上にあわび採りを教え、そして情を交わした婦(おんな)がいるはず。あれで、けっこう、艶福家だっんだ)
(歌麿『歌まくら』[あわび採りの海女])
その海女の姿態が、湯舟での阿記の躰とかさなって、股間のものが目をさましそうになり、銕三郎はあわてた。
【参照】
2007年7月28日[実母の影響]
2008年1月12日[与詩(よし)を迎えに(23)]
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