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2008.02.22

銕三郎(てつさぶろう) 初手柄(4)

_120_3幕府が大名屋敷や幕臣に通達している辻番所についての注意事項を見ると、昼夜ともに表戸を開けておくようにとのきまりのほかに、番人は4人から6人を詰めさせておくこととか、不寝番をかならず立てろとか、番人は60歳以下20歳以上の男性であることとか、番所に女や病人を入れてはならないとか、いろいろと細かく定めている。
現代の交番に近いのではなかろうか。(もっとも、犯罪人が警官に採用されることはないだろうが---)

銕三郎(てつさぶろう 18歳 家督後の平蔵宣以 のぶため)は、舟蔵の南端向いの辻番所で見かけた不審な番人のことを、こちらの行動がもうその男からは見えなくなったとおもわれる一ッ目の橋の南詰まで来てから、本多采女(うねめ)紀品(のりただ 49歳 火盗改メ助役 すけやく)へ話した。
「お頭(かしら)」
それまでの「本多さま」から、組下の者のように呼びかけた。気分が高揚してきたのだ。

_360__4
(本多組の巡視順路 南本所 池波さん愛用の近江屋板)

「今夕、お屋敷でお話しした、江ノ島の旅籠で見かけた不審な男によく似た者が、先刻の辻番所にいました」
「表戸を開けた辻番人のことかな?」
「左様です」
「ふむ」
「生憎と、顔が陰になっていたので、しかとは確かめられませんでしたが---」
「名はなんといいましたかな?」
弥兵衛と---本名かどうかは定かではありませんが、あの時は、そう、名乗りました」

弥兵衛---とな」
それきり、本多紀品は口をきかなかった。
大手柄を立てたと勢いこんでいた銕三郎は、ちょっとがっかりであった。

【参考】舟蔵の東に沿ったこの道は、『鬼平犯科帳』文庫巻7[寒月六間堀]で、市口瀬兵衛の息子の敵(かたき)の山下藤九郎の駕籠が、御蔵前片町の料亭から一ッ目の橋を渡って籾蔵(もみぐら)の横道へ行った路筋である。

夜風がまだ冷たい両国橋を渡ると、
銕三郎どの。ご大儀でした。加藤同心に、お屋敷まで送らせます。羽織は、それまで着ていたほうが、辻番所や自身番所を通りやすいでしょう。加藤、頼んだぞ」
そういうと、さっさと一統を従えて西へ去った。

銕三郎は馬を下りて、同心・加藤半之丞と並んで歩きながら、弥兵衛に似た男のことを話してみた。
30代なかばとおもえる加藤同心は、えらのはった顔で、いちいちうなずきながら聞いてくれたが、
「お頭がすべてご存じなのですから、このあとのことは、お頭にまかせて、お忘れになることですな」
と、あっさり、かわされた。

2日後、下城してきた父・宣雄が、弥兵衛の件、本多どのの組の方々がお調べになったが、あの者は弥兵衛ではなく、ほかの辻番人の者たちの中にも疑わしい者はいなかった---と話した。

銕三郎は、その夜は大いにがっかりで、はやばやと寝についた。

事実は、そうではなかったのである。
あの者は、銕三郎が不審と思ったとおり、武蔵国多摩郡八王子在の鑓水(やりみず)村生まれの盗賊・〔窮奇(かまいたち)〕の弥兵衛で、あの辻番所に3人の配下ともぐりこんでいたのである。

【参考】〔窮奇(かまいたち)〕の弥兵衛との出会いは[与詩(よし)を迎えに](39)

辻番人の昼夜の務めはきついので、なり手が少ない。そこが賊たちのつけ目となっていた。

真相を告げなかったのは、ただでさえ捕り物に素質がありそうな銕三郎が、これに味をしめて、一層、このことにのめりこんでは、前途のある身を誤ると、本多紀品も父・宣雄も考えた末でのことであった。
火盗改メは、番方(ばんかた 武官系)の幕臣が一時的に任命される職務ではあるとしても、町方与力・同心のように一代かぎりが原則の身分のものがやる仕事に近いから、それを本業にしてはいけないし、仲間たちからも高くは評価されない---というのが、父親たちの結論であった。
銕三郎は、そのことは知らない。 

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