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2008.02.20

銕三郎(てつさぶろう)、初手柄

出かける銕三郎(てつさぶろう 18歳 家督後の平蔵宣以 のぶため)と若侍・桑島友之助(とものすけ 30歳)に、母の(たえ 38歳)が、
「まだまだ、夜が更(ふ)けると寒さがきびしくなろうほどに---」
と、綿を薄く入れて刺し子をした袖なし半纏(はんてん)のようなものを着物の下にまとわせた。

銕三郎は左藤巴の家紋をつけた陣笠をかぶり、野袴すがたで乗馬した。口取りは、下僕・藤六(とうろく 45歳)である。

指定された永代橋東詰までは、築地の長谷川邸から8丁ばかりで、小半刻(30分)の半分もかからない。

橋の東詰・佐賀町には、本多組の羽織を着た同心と小者が待っていて、挨拶した。
加藤半之丞(はんのじょう)です。ご足労です」
「長谷川銕三郎です。これは、わが家の若侍・桑島です。よろしくお引きまわしのほど、お願い申します」

組頭が火盗改メに任命されると、組頭は組下全員に揃い柄を染めた羽織を支給する。
今夜のような公式の巡回には、それを着るしきたりになっている。
ふだんの密行のばあいは、着流しである。

_100待つ間もなく、本多采女(うねめ)紀品(のりただ 49歳 火盗改メ助役 2000石)が、与力(騎乗)1騎、徒歩の同心5名と、それぞれに丸の内左離立葵(ひだりばなれ・たちあおい)の本多家の家紋を描いた高張提灯を持った小者数人を従えて現われた。
(テレビの『鬼平犯科帳』で「火盗」と書いているのは、テレビ用である。史実は、組頭の表の家紋を描いている)。
_100_3本多一門の家紋は、右離立葵(みぎばなれ・たちあおい)で、茎の右側が縦に割れているのだが、本多紀品のところだけが異をとなえ、縦線は左側に入っている。

銕三郎どの。やはり、参られましたな。お待たせしたかな?」
「いいえ。お誘い、ありがとうございました。しっかり見習わせていただきます」
「だれか、本多組の羽織を長谷川どのに---」

「では、巡廻に出発いたすとしようか」
2騎は、並んで、佐賀町を大川ぞいに北行、油堀川に架かる下(しも)ノ橋の手前を右折、千鳥橋へ向かう。

_360
深川・北本所の見回りコース(1)

『鬼平犯科帳』巻5[深川・千鳥橋]で、三代目〔鈴鹿(すずか〕の弥平次に騙されてあやうく殺されそうになった〔間取り(まどり)〕の万蔵を、〔大滝(おおたき)〕の五郎蔵との約束を守って、鬼平が放免し、五郎蔵が号泣して鬼平に信服するのが、この橋ぎわであることは、ファンなら百もご承知)。

四ッ(午後10時)近いにもかかわらず、火盗改メから事前にお頭の巡行が告げられているのであろう、それぞれの町ごとの自身番所では、町名を記した腰高障子の前で、町(ちょう)役人と書役(しょやく)が迎えて、ふかぶかとお辞儀をする。
「ご苦労」
本多紀品が声をかけ、同心のひとりが、
「変わりはないな」
「はい。変わりはございません」

どこの自身番所でも、儀式のように繰り返される。
(これでは、見廻りもなにもあったものではないな)
銕三郎は、張り詰めていた気合いが薄らぐ思いであった。

それを察したかのように、本多紀品が言う。
「馬鹿々々しい儀式とお思いであろうが、こうすることで、町役人たちの気が引き締まるとともに、町内の自警の気構えも違ってくるのですよ」

与力が、躰を傾けた紀品へ耳打ちする。
「このあたりは、商家の倉が多いゆえ、盗賊たちが狙うのだと。ほかにも、堀の名にもなっているように、舟行きを便利している油問屋が多く、裕福でもある」
「油も狙われるのですか?」
「毎日の生活(たつき)に欠かせない品だが、米ほど重くはなくて、いい値で換金できるために、舟でしかけてくる」
「なるほど。盗賊たちの猟場というわけですね」
銕三郎は、いちいち、納得がいった。
(これは、仕置(しおき 政事 まつりごと)の勉強にもなる)


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コメント

あー、銕三郎さんもとうとうこういうお仕事をされる歳になったのですね。少年の頃からずっと読んできて、感無量です。

投稿: えむ | 2008.02.20 09:34

>えむ さん
もともと、好きなんでしょうね。
もしかして、いまの時代に生きていると、高3ぐらいでしょう。
大学での講義を半分バカにしていて、まあ、行くなら、友だちをつくりに---ぐらいに軽く考えていて、受験勉強の間に、ミステリばかり読んでいるような少年ではないでしょうか。

投稿: ちゅうすけ | 2008.02.20 14:24

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