おまさ・少女時代(その2)
2組、3組と新しい客がはいってきても、おまさ(10歳)は、注文を板場へ通しては銕三郎(てつさぶろう 20歳 のちの鬼平)の横へ戻ってすわることをやめない。
料理を配膳したおまさに、馴染みの客らしいのがなにか話しかけても、
「いま、手いっぱいなんです」
相手にならないで、銕三郎にぴったりである。
「あら、お酒がこんなに残って、冷えてます。暖かいのに取りかえてきましょう」
「もう、酔っています。お酒は充分です」
「それでは、お料理---今夜は、お豆腐の木の芽田楽があります」
「おまさどの。店が混んできています。用事をしてください」
「いいんです。銕お兄さんのそばにいるのが楽しいんです」
(清長 おまさのイメージ)
【ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』文庫巻4[血闘]に、20余年ぶりに鬼平の前へあらわれた時---、
小肥(こぶと)りな少女だったおまさは、すっきりと〔年増痩(としまや)せしていたのである。p136 新装版p143
---とあるので、ふっくらとした少女の絵を探した。
その時、入江町の鐘楼の鐘が五ッ(午後8時)を報らせた。
店が立て混むわけだ。
もうそんな時間になっていようとは、おもっていなかった。
1刻(2時間)もおまさを独り占めしていたことになる。
(常連客たちに悪いことをした)
表まで送ってきたおまさが、
「銕お兄さん。お願いがあります。手習いのお手本を書いてください」
「承知しました」
「げんまん」
小指と小指がまじわる。
その夜---。
店の灯を落としてから、忠助は、おまさを、銕三郎が使っていた飯台に座らせ、向き合って腰をすえる。
しばらくおまさを見つめてから、
「お美津(みつ)が生きていたら、今夜のおめえの振る舞(め)えを見て、なんと言ったろう---」
それきり、黙ってしまった。
おまさも口を利かない。
悪いことをしたとは、おもっていないのである。
「入れあげるのが、母親似だとしても、相手が悪い」
「銕お兄(にい)さんは、いい方です」
「男としての、いい、わるい、ではない。あの人は、火盗改メのお頭(かしら)の甥ごだ」
「お父(と)っつぁん。それがどうだっていうんです?」
忠助は、また、黙りこんだ。
おまさ が、一気に述べたてる。
「銕お兄さんは、〔樺崎(かばさき)〕の繁三さんおじさんや七五三吉(しめきち)兄(あに)さん、おみねちゃんとこの亡くなったお父(と)っつぁんの〔助戸(すけど)〕の万蔵(まんぞう)おじさんが、盗人の一味だということもちゃんと知っていらっしゃいます。きょう、出会った〔法楽寺(ほうらくじ)〕のお頭(かしら)や、〔名草(なぐさ)〕の嘉平(かへい)爺(じい)さんの素性もお察しになっているでしょう。お紺おばさんの前身だって、推察なさっていましょう。
(足利近辺の〔法楽寺〕一味の出身地 )
だけど、お父っつぁんに義理立てして、火盗改メには黙っていらっしゃるのです。お父っつぁんには、あの方の度量の大きさが分かってないのです」
「おまさ。いいきれるんだな?」
「はい。お父っつぁんも、目と胸を、もっと、しっかりひらいて、あの方を見てごらんなさい」
「おめえ、お美津が生き返ったようなむすめに、なってきた」
「おっ母さんの子ですもの。おっ母さんからは、いい言葉遣(づか)いを教わりました。5つでしたけど、しっかりと覚えています。これからは、銕お兄さんに、字を教わります。約束したんです。字も読み書きできないんでは、江戸では生きていけません」
手習い所へ通っているという、銕三郎の義妹の与詩(よし 8歳)への競争心もあった。
【参照】[おまさ・少女時代] (1) (3)
2007年7月19日[女密偵おまさの手紙]
2007年3月10日[男はもうこりごり、とおまさ]
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コメント
おまさは2度、手紙を書いたとおもっていたら、もう一度ありました。文庫巻10[むかしなじみ]で、〔五鉄〕の三次郎に結び文で、
「---だれにもいわず、そっと、しらがそばまできておくんくなさい」と。
〔白髪そば〕は緑町2丁目にあり、〔古都舞喜(ことぶき)郎〕のそばです。
待っていたのは、五郎蔵・おまさ夫婦。
顛末は、鬼平ファンならご存じですね。
投稿: ちゅうすけ | 2008.05.09 17:20