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2008.10.07

納戸町の老叔母・於紀乃(3)

銕三郎(てつさぶろう)どのは、おんなおとこ(女男)の睦あいをご存じかの?」
歯がまったくなく、風のぬけるのような声をさらに低め、にやりと笑った顔を、それでも赤らめながら、老叔母ろ・於紀乃(きの 69歳)が訊いた。
うんと年長でも、銕三郎(23歳 のちの鬼平)を、「どの」と尊称をつけて呼びかけるのは、嫡子だからである。嫡子は、いずれ将軍家の楯となる男子なのである。

「塾の悪童が春画を隠しもってくるのを覗いたことはありますが---」
「あれは、好きものの男どもの空想をほしいままにさせるためのものでの。ほんとうは、おんな同士の睦みあいは、男とおんなのそれよりも、もっと、もっと、情(なさ)けを通いあわせるものらしいの」

(世間の常識にさからっての性愛だから、不安とともに、信じあいが恍惚さをいっそう高めるのであろうな)
「叔母上は、どうしてご存じなのですか? まさか---?」
「このわちが、そのような好みをもったおんなに見えるかの?」
歯がないために、口のまわりは皺ばかり---の口をとがらせた。

「いいえ」
親指を西へ向けた於紀乃は、
「右隣りの三枝(さいぐさ )の登貴さまな---」
備中守守緜(もりやす 51歳 6500石)のご内室が---」
「ちがう、ちがう。 ご当代はご養子。そう、ご先代の斧三郎さまもそうであったが、19歳で卒され、奥方・登貴(とき 68歳)さまは、18歳からお独り身での」

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於紀乃の話を、ちゅうすけの解説もくわえながら手短にまとめると---。

三枝家は、掲示した「先祖書」にもあるとおり、仁明天皇の代というから、銕三郎の時代から920年ほども昔に、丹波の国から発した旧家で、ゆえあって甲斐国山梨郡(やましなこおり)能路の里に配流され、その子孫が武田信玄の傘下にあり、親類衆の扱いをうけていた。
長谷川家も因縁の深い田中城を守っていたときのことは、2007年6月1日~[田中城の攻防] (1) (2) (19)

家康が甲州・信濃を攻めたときも協力し、6000石級の大身旗本にとりたてられている。
5代目・丹波守守英(もりひで 享年47歳)には男子がなく、京の西洞院家・平松中納言時方(ときかた)の姫を養女に迎え、これに松平薩摩守の家臣の男子・守尹(もりただ)を養子として娶(めあ)わせた。
しかし、於紀乃の言ったように、守尹は養父・守英に先だって病歿した。
若い身ぞらで寡婦となった<strong>登貴は、貧乏公家の実家へ帰ることを拒否、広大な屋敷の一偶に別宅をたて、召し仕えにかしずかれて隠棲していた。

八木家から隣りの長谷川家へ嫁いてきた於紀乃とは年齢は一つ違いであったが、武家のむすめを蔑視し、つきあいを拒否、小間使いのむすめと情を深くかわしあっていたと。

_100「銕三郎どのよ。わが殿・久三郎どのが甲府で情けをかけた忍び者の家の小むすめのこともあったが、おんな男の〔中畑(なかばたけ)〕のお(りょう 29歳)とかに興味をもったのも、隣りの登貴姫どののこともあったからよ。ふへッ、へへへ」(お竜のイメージ)
「左様でございましたか。それなれば、大月へまいって、おの母親のことを調べてもよろしいかと---」
「いや。そちらは、丹後守の組下で十分。わちがおんな男とまじわるわけではないのでの。ふへッ、へへへへ」

銕三郎は、ほっとするとともに、軍資金を絶たれて残念にもおもった。

「それで、登貴さまはご存命で?」
「今月はじめに、みまかられての---」

(競いあう主(ぬし)がいなくなり、それで、興も減じたというわけか---この年齢になって、ようやく、な。しかし、おれが追跡しているのは、おんな男のものをかんがえるすじ道は、おれたちと異なるのかどうか、ということなのだ。叔母ごの話でひとつは、世間常識への抗議ということはわかったが---)


ちゅうすけのつぶやき】長谷川銕三郎の成長の過程で、かかわりのあったさのざまな幕臣の周囲を仔細に見ているのは、そうすることにより、幕閣のような実権をもった人たちではなく、光があたることは少ない下の層も示すことで、江戸時代の一端に触れられるとおもうからである。
ぜひ、ごいっしょに散策していただければ、うれしい。

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まるで見当がつかず、闇夜に羅針盤なしで航海しているようなわびしさ。

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コメント

sunsunsunsunsunheart01heart01heart01heart01

投稿: tomoko | 2008.10.07 04:20

>kayoko さん

どきどきするようなハート・マーク---銕三郎へのエールですね。
『鬼平犯科帳』に描かれている銕三郎よりも、魅力があるということとお受けしておきます。

投稿: ちゅうすけ | 2008.10.07 10:46

私のパソコンの故障か、折角の今日のブログは
右端が切れておりました。どうしたのでしょう。

投稿: みやこのお豊 | 2008.10.07 21:23

>みやこのお豊 さん

再起動して、それで直らなければ、いくっちさんにメッセージして、おききになっては?

投稿: ちゅうすけ | 2008.10.09 02:11

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