長谷川銕五郎の誕生(1)
「舟は返しました。明日は、銕(てつ)さまと並んで、江戸まで、歩いて戻ります」
裸のままで、互いのものをまさぐりながら、里貴(りき 37歳)が承諾を求めた。
「足ごしらえはしてきたのか?」
「ご心配なく。これでも紀州の貴志村から東海道を歩きとおしたのです」
「そうであった。だが、里貴は34歳であった」
【参照】2010年11月11日~[茶寮〔季四〕の店開き] (1) (2) (3) (4) (5) (6)
「それだけ婆ぁになったとおっしゃりたいのですか?」
「なにが婆ぁなものか。里貴はますます感度が磨がれ、愉悦が深くくなっておる」
「おなごの頂上は45歳といいます。ややの惧(おそ)れがなくなったら、愉悦の出事(でごと 交合)になるとか」
里貴が足を入れ、少ない茂みを平蔵の太腿にすりつけた。
乳首に指をみちびく。
改めて、乳児にふくませたことのない、小さな乳首を感じた。
(お竜(りょう 享年33歳)も、貞妙尼(じょみょうに 享年26歳)の乳首も小さかったな)
さすがに、芙佐(ふさ 25歳=当時)や阿記(あき 21歳=当時)の記憶はかすんでいた。
それだけ長く、平蔵が里貴の躰になじみ、官能のすみずみまで探っているということかもしれない。
「頂上までに里貴は、8年あるな」
「おなごは骨になるまで、このことを求めるそうです」
「骨になるまでか---」
「わが身のことながら、恐ろしいことです。さいわい、銕さまのほうがお若いから、骨になるまで喜ばせていただけましょう」
(北斎『嘉能会之故真通』)
やはり、朝起きは遅かったが、里貴がこころづけをはずんでいたから、妙な顔はしなかった。
戸田の渡しで渡船するとき、人目の中で里貴は平蔵におおっぴらに手を借り、気持ちも躰も満ちた。
平蔵の耳に、
「感じてきました」
「えっ---? あ、そうか」
「気持ちだけで、潤ってくるのです」
(戸田川渡口 羽黒権現宮 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)
板橋の手前で里貴が立ち止まった。
「このさきに、えんきり榎があります。縁起でもありません。回り道しましょう」
「駕篭の舁き手や馬子たちがいいふらしている迷信だが、気になるなら、回り道しよう」
そういう戯言(たわごと)が、里貴には嬉しかった。
蕨宿のような離れ部屋がありそうもなかったから、板橋の旅籠は素通りした。
江戸へのとば口、白山権現社下の、けいせいが久保に、小じんまりした宿屋が見つかった。
八ッ(午後3時)前であったが投宿することにした。
江戸の旅籠には風呂がない。
湯道具を宿で借り、軽装で銭湯へ出かけた。
混浴であるが、入浴'客はまばらであった。
浴槽に並んで浸かり、手をつないだ。
「行水の季節は過ぎましたから---」
里貴が口を寄せてささやいた。
背中を流しあった。
女客は、薄暗い浴室でも青みがかって透き通るほどに白い里貴の肌をうらやましがった。
2人いた老人は、いまさらながらの好色気分がおきはしたが、それもすぐに泡のようにしぼんた。
里貴は平蔵との混浴が誇らしさいっぱいで、夜の前戯となっていた。
翌朝も、起きだしは遅かった。
目ざめ、側(かわや)から戻って横になると、どちらからともなく、肌を求めた。
白山権現社へ詣でるために、石段をのぼる里貴の腰が重そうで、平蔵がおもわず押した。
「齢ですねえ」
眉をしかめた里貴に、
「いくらなんでも、朝方のは余分であったかな」
「そのことではなく、男坂の石段のことです」
白山権現社では、旗桜樹の前で、
「花の季節にごいっしょできればいいのですが---」
つぶやいたが、平蔵は返さなかった。
(かわいそうだが、人目にはたてない)
中山道を:避け、根津権現社の裏から今戸へ抜け、料亭〔銀波楼}で昼餉を頼んだ。
女将の小浪(こなみ 43歳)が、
「お揃いの旅支度で、どちらからのお帰りでございますか?」
「どうして、帰りだとわかる?」
「里貴さまの、満ちたりたお顔でわかりますよ」
里貴が手の甲を頬にあてた。
「冗談でございますよ。およろしければ、奥の間にお布団を延べさせましょうか?」
千浪と里貴は、以心伝心の仲であった。
「それより、藤ノ棚まで、舟を頼みたい」
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コメント
平蔵さんと里貴さんの睦言に、ちっともいやらしさがないばかりか、啓発されます。
「おなごの頂点は45歳といいます」
37歳の里貴さんのセリフです。アラフォーを地でいっています。
先がたのしみになります。
投稿: mine | 2011.03.24 04:50
里貴が平蔵との仲を、混浴時代の銭湯の女客たちに見るせびらかしたいくなっている気持ち、わかります。
いい男をもっているのは、おんなの勲章ですもの。
投稿: tsuu | 2011.03.24 04:57
>mine さん
心得のある女友だちから教わりましたが、「そういうものかねえ」と疑い疑い、引用させていただきました。経験豊富な方からの証言を期待しています。
mina さん、ご自分のヰタ・セクスアリス体験でもいいんですよ。
投稿: ちゅうすけ | 2011.03.24 19:36
>tsuu さん
>いい男をもっているのは、おんなの勲章
「いいおんなをもっているのは男の甲斐性」とは、昔からいわれていますが、現代では、世間からムチうたれるようですね。
投稿: ちゅうすけ | 2011.03.24 19:41