茶寮〔季四〕の店開き(2)
口々に道中の苦労をいたわりながら寿司をつまんだが、お倉(くら 58歳)婆やが淹(い)れた湯呑み茶碗に目をとめた里貴(りき 34歳)が、
「あら---?」
三河町の御宿(みしゃく)稲荷脇の家で使っていたものであった。
田沼家の浜町の下屋敷の納屋から、茶寮〔貴志〕の什器・厨房器具類とともに、稲荷脇の家の荷も出てきたのであった。
「お布団は、黴(かび)くさくなっていたので捨てさせていただきました」
権七(ごんしち 46歳)の女房お須賀が世慣れた口調で言いわけする。
「女将さん。板さんが、新しいお店の板場さんを見立ててくれています。明日にはごあいさつに参りましょう」
お粂(くめ 37歳)が元女中頭の気ばたらきを示した。
「お店のほうは、明日のお昼前にでもご案内いたします。ここから、ほんの3丁ほどのところです」
「権七親方さん。お店、朝六ッ(午前6時)なら、わたしも参れます」
「女将さんがお疲れでなければ、それで---」
「大丈夫です。なにからなにまで、すっかりととのえていただき、ありがとうございます。これからも、いろいろとお教えください」
お須賀が訊いた。
「銭湯になさいますか、それとも、行水?」
「行水のたらいまでも---?」
「桶屋に見せたら、5日前から水をはってなじませておけば、湯漏れはないとのことでした。裏庭は塀で囲いました。出歯亀のご心配はもありません」
「では、きょうは行水で汗をながさせていただきます」
里貴のその言葉をしおに、平蔵(へいぞう 33歳)とお倉婆やをのこして引きあげた。
お倉婆やが竈(かまど)から手桶に湯を移し、行水の準備をはじめた。
「女将さん。このあたりは井戸水がよくねえので、川向こうからの上水道の水か、売り水を買うだよ」
「わかったわ」
寿司の平桶を表へ出したお倉は、水屋と押入れの説明をし、帰っていった。
里貴は、手荷物をほどき、;例の腰丈の寝衣を取り出した。
「これ、2年ぶりに着ます。行水、ごいっしょにいかがですか?」
「む。戸に芯張り棒をかってくる」
平蔵が戻ってくると、酒がでていた。
【参考】2010年4月5日[お里貴の行水]
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