茶寮〔季四〕の店開き(4)
寝間の行灯の芯をすこしあげて明るくする所作も忘れていなかった。
「その前に、決めておきたいことがある」
「はい---」
里貴(りき 34歳)の手が、すでにのびてきていた。
平蔵(へいぞう 33歳)も、硬くなっている小さな乳頭をつまみながら、
「店の名前だ。〔貴志〕でもいいとおもったが、ご老中・田沼(主殿頭意次 おきつぐ 60歳 相良藩主)さまへのはぱかりもある---」
「はばかり---?」
〔貴志〕の用金がすべて田沼侯からでたことを思いださせた。
「それで、おなじ音(おん)だが、春夏秋冬の四季節、来客が絶えないように、〔季四〕---季節、四つ」
「〔四季〕でなく---?」
「〔四季〕ではあたりまえすぎ、客が女将に店名の由来を訊かない」
「あ、会話の糸口---」
「そうだ」
「すてき、です」
「気に入ってくれたか?」
「銕(てつ)さまの案ですもの」
いうなり上に乗り、腰をゆすった。
「少し、痩せたか?」
「年増痩せ--?」
「酒は古酒、おんなは年増---と、世間ではいう」
「初めて聞きました」
「味のことだ」
「味見してください」
「見るまでもなく、美味なことは承知しておる」
「お忘れになったのではないかと、気が気ではありませんでした」
舌がからまり、まさぐりあう。
そのあいだも、里貴の腰は微妙にうごいていた。
そのままずりさがり、平蔵のものを舌でなめはじめた。
腕をのばし、躰をまわし、芝生をわけ、舌を触れた。
「蜘蛛が巣でも張っておるのではないかと心配しておったが---」
「指で、ときどき、巣を払っていました」
「その指めに、もう、ご用済みだといってやれ。この指が代わったとな」
「むーん」
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コメント
はい。酒は古酒、おんなは年増、でございます、とも。
投稿: tsuko | 2010.11.14 09:17
池波先生もネーミングの大家でしたが、ちゅうすけさんもお仕事がその関係でしたよね。
「〔四季〕ではあたりまえすぎ、客が女将に店名の由来を訊かない」
「あ、会話の糸口---」
うまいものです。
投稿: mine | 2010.11.14 09:27
>tsuko さん
『食の名言辞典』(東京書籍)にありました。
でも、遠い昔のことで、味覚は忘れました。ああ---なんて、こと。
投稿: ちゅうすけ | 2010.11.14 11:11
>mine さん
池波さんのネーミングはみごとですね。
いまばたらき、独りばたらき、口合人、引き込み、退(ひ)き金---などなど。
盗賊の〔通り名(呼び名)〕もいかにもそれらしい。感心しながら、出所を調べました。
投稿: ちゅうすけ | 2010.11.14 11:19